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『あっバカ。何やってんだ!』 赤也はピタリと手を止めた。さっきまで、ただ黙って夕焼けを見ていた少年の急な行動に、少し戸惑った。 「なんだよう、お絵描きしてるんだから邪魔すんな」 いきなり怒られ、赤也は少し目をつり上げ、苛ついた声で返した。 『なんで夜の空を黒で塗ってんだよ。』 困っているような、怒っているような困惑した表情で、少年は赤也の持っていた黒のクレヨンを取り上げた。 「あっ!?かえ…」 言葉の続きを言う前に少年はクレヨンを夜空に向かって高く掲げた。その行動の意味を赤也は理解できずに、ただ、クレヨンを見つめた。 『よく見ろ、空は黒じゃないだろ?』 赤也は目を細めて、クレヨンと空を交互に見た。しばらくたってから 「ほんとだぁ…」 と呟いた。少年は赤也を見つめ、可愛らしい笑みを浮かべた。朱色の髪が揺れ、月の光をキラキラと反射させる。 『空は黒には染まらないんだ。月と星が空を照らしてくれているから、だから此処も真っ暗じゃない。赤也だってオレの事見えてるだろ?本当に空が真っ暗だったら、何にも見えなくなっちゃうしな。』 「…ふ~ん」 2人はただ黙って空を見上げ続けた。 少年は赤也にたくさんの話を聞かせた。その話のどれもが、希望、光、夢、未来のようなものを感じさせた。少年が見ている世界は光に満ち溢れ、美しい世界だった。 赤也は少年と時を共に過ごす事が好きだった。同じ空間を共有し、暗くなるまで2人きりで、ゆっくりとした時を過ごしていた。 少年が中学に上がると2人は滅多に会わなくなった。しかし、少年の記憶は色褪せる事なく、鮮明に残っていた。 …本当は彼の事をずっと想っていた。言い出せないまま、少年は離れた。 …情けない奴。
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