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暑いなァと目を細める。
アスファルトの熱気が蜃気楼みたいにもわぁっとなって、オレの体をぐるりと巻いてゆく。
オレは犬だから。
シベリアン・ハスキーは雪国のナントカっていう所でソリを引く犬で、ご先祖様はこんな暑さを知らないだろうな。
「パピィ、散歩行くー?」
ガラリと飼い主の亜紀ちゃんが庭のガラス戸を開けた。
――無理。
オレは、ぱたりと尻尾だけ動かした。
「眠い?今日は暑いしねー。じゃあ夕方行こうね」
リビングから裸足でジャンプし、オレの側にしゃがみこむ。
頭のてっぺんで束ねた長い髪が揺れる。
わしわし
オレの頭を揺らしながら首を反対側にして叫ぶ。
「お母さん、パピィ暑そうだから夕方に行くことにしたー」
「そうね、もう昼は無理ね。亜紀は今日夏期講習でしょ。お母さん行こうか?」
「大丈夫だよ」ねーっとオレのアゴを引っ張ってぴょんっと部屋に消えた。
ああ。
室内のひんやりとしたエアコン冷気が消えていく。
亜紀ちゃんの気配も遠ざかる。
亜紀ちゃん、目をつぶったままでごめんね。でも開けると熱気が沁みて痛いんだ。この頃右足ばかりか目頭も熱くてさ。
行ってらっしゃい、気を付けてと心の中でオレは呟く。
夏のこんなやりとりはもう何度目だろう。
ジ…リリ……
セミの鳴声が聞こえる。昔に比べてその数が少なくなった。
目をつぶる。
目は閉じていたか?
わからない。
セミは暑さを何倍にもするなぁと、深く沈みこむ意識に身を委ねる。
そして過去と現在の狭間を往来する。
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