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 “ヘヴン”――いつからこの街がこう呼ばれるようになったのかは、わからない。ことによると、俺が生まれる前から爺さんだった、“老爺”と呼ばれるあの老人なら知っているかもしれないが、そんなことはどうでもいい。何にせよ、俺がこの街の人間なのだと自覚したときは、もうここは“ヘヴン”と呼ばれていた。  誰がつけたのかは知らないが、命名した者は、よほどユーモアのセンスが優れていたに違いない。およそこの街ほど“ヘヴン”という名ににつかわしくない街はないだろう。  俗悪なネオンの輝きが街を飾り、安っぽいメロディに猥雑な言葉を並べただけの歌がそこかしこに流れ、淫らな瞳をした娼婦たちが街角に立つ。時折り聞こえる悲鳴もBGMに過ぎない。頽廃的な夜の空気が、人々の心を腐敗させるのだ。背徳者は賛美され、堕落が栄光となる虚栄の街。
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