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「サクラ様、お待ちください!」
秋深まる、京の都へ向かう街道。
赤、橙、黄、茶……。
紅葉が織り成す錦が鮮やかな天井に、響くのはあたしの名を呼ぶ怒鳴り声。
その、あまりにも場違いな声に、旅人たちは一様に声のする方へ振り返ったのだった。
「あんまり大っきい声、出すもんじゃないわよ」
あたしは先ほどよりもずっと大きい声で応える。
さらに旅人は振り返る。
あたしはそんなの、気にもとめずに歩幅を広げる。
佐吉は少しだけ周りの目を気にしながら、早足であたしに追いつくと、今度は耳元で囁いた。
「ですが、そのように急がれなくとも──」
「声が小さくて聞こえないわね」
あたしは体を大きく見せるように、肩で冷たい風を切る。
佐吉はため息をもらす。
視界の端に、白い息が立ったのを捉える。
「夕刻には、京に到着いたしますから」
もう少しゆっくり歩きませんか?
そう、言いたげだった。
すでにあたしと距離ができている。
「だらしがないわね、佐吉! あたしはとにかく早く、殿にお会いしたいのよ」
振り返って、今日一番の声。
きゅっと唇を噛む。
息が上がって、呼吸がしづらい。
あたしは肩を上下させた。
顔が冷たくて、鼻をすする。口元に手を持って行き、呼気で温めようとすると。
佐吉は胸元から懐紙を取り出し、あたしに一枚渡す。
「あ、りがと」
道の端により、スンと鼻をかむと、
「間もなく草津ですよ──温かいお茶でもいただいてから行きましょうか」
佐吉がふわっと笑う。
佐吉はあたしのことを心配してるのよね。
きっと、鼻が真っ赤だ。
鼻の辺りを隠しながら、今度は素直にうなずいた。
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