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誰も居ない裏校舎。その斜め横を流れる川の河原で、真琴は目の前に立つ双子の姉を、恐怖いっぱいに眼を見開いて見詰めた。何かを言言わなければと口を開くが、上手い言葉が見つからず、何度も嚥下する。
先程まであんなに暑かった筈なのに、河原を吹き抜ける風は歯の根が落ち着かぬ程冷たい。いつしか真琴の汗全て乾いて。べたついた温い感覚が残るだけになっていた。
――居る筈ない! だって昨日の夜……!
和也には言えなかった。真琴でさえ、父に連れられて病院に行くまで知らなかったのだ。
「真琴、私、言ったよね? 和也は私のだよって」
真琴はその声に戦慄した。
冷たいジットリした風に、河原に自生する茅や蒲が靡く。
――いつもの千紗じゃないみたい……ううん、千紗じゃないんだ!
幾らか低い、冷えきった声は、千紗の声とは思えなかったのである。そして、そこに千紗が居るという事実は、例え真琴が死のうとも、有り得なかった。
「真琴? さっき和也、あんたよりあたしの事気にしてた。そうでしょ?最初から、あんた負けてるの、分かってるくせに」
低いのに、高く放たれた哄笑は、明らかに異常だった。
真琴は有り得ない事態に対する恐怖に、息をする事さえ困難になっていく。
「なんで、なんで居るのよ!居る筈ないのに!」
叫んで、河原の丸い石が並ぶ上にへたりこむ。足が震えて、立って居られなかった。
――殺される!
千紗が笑いを収めて、真琴を無表情に見詰めた。
……何も映していない、虚ろな眼で。
――や、いや!
「あたしを突き落としたくせに、のうのうと和也に手を出して」
真琴の手が、体が、油断していた千紗の体の重さと、柵から突き落とした時の感触を思い出す。脳裏に、落ちて行く千紗の悲痛な瞳が浮かぶ。
その時の激しい憎悪と、虚無と……数瞬後に訪れた喪失感。そして、生きていると分かった時の。
――身も凍る様な……恐怖。
千紗の手にはいつの間にか、小さな果物ナイフが、抜き身で握られていた。目を凝らして、真琴はそれに滴る赤い物に気付く。
――血!
体中を、絶望が支配した。
「嬉しいでしょ? きっと、和也は泣いてくれるよ?やさしいもんね?」
千紗は動く事さえ忘れた真琴へ、ナイフを持つ手を振り上げた。
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