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気が付くと、俺は離れで寝ていた。
「安彦」
ばあちゃんの声と同時に、閉め切られていた部屋の襖が開いた。
差し込む光。
「 」
声が、出なかった。
「あんた、集会所に飛び込んで来たんだよ。入って来た途端に倒れたから、私らびっくりしたわ」
明るく笑う声。
「んで、何があった?」
入って来たばあちゃんは、いつものばあちゃんだ。
姿を見て、やっと安心して笑う事ができた。
「それがさ」
頭を撫でた、ら。
「かみ」
ばあちゃんの姿が一瞬で掻き消えて、辺りが真っ暗になった。
「髪いいい」
「うわあああああっ」
「安彦!安彦!」
体が揺れる。またばあちゃんの声が聞こえる。
「ああ、やっぱり一人にするんじゃなかったよ……」
泣きそうな掠れた声。
「安彦!おきとくれ!安彦!」
「ばあ、ちゃん?」
そこにはやっぱりばあちゃん……そしてじいちゃんの心配そうな姿。
「ごめんよ……怖かったかい?」
ばあちゃんは、目を開いた俺の姿を見て、泣き崩れた。
その日。
ばあちゃんは昔話をしてくれた。
ばあちゃんが言うには、昔ここはカツラの製作所だったそうだ。そこに土地を貸していたのだが、ある時工場が焼け落ちてしまったのだという。金がない上、材料もなく、立て直す金の為に、仕方なく髪を求めて、泣き叫ぶ女工たちの髪を刈り、果ては近所の者に頼む様になった。だがそれにも限度がある。親戚は彼等の悪評を聞いて、避ける様になり、やがて依頼も来なくなった。最後には浮浪者の様になり、ある日、焼け落ちて片付けさえされていなかった工場跡で、一家心中したのだそうだ。
実はその工場の家長は、ばあちゃんの妹だったそうで、遺書の中には助けてくれなかったばあちゃんへの恨みつらみを、身の毛もよだつ様な言葉を連ねていたのだ、と言ってばあちゃんは泣いた……。
俺のこめかみと首筋には、くっきりと手の指の跡で鬱血がついている。
その後、ばあちゃんは家を御祓いしたが、祓えたかどうかは、分からない。
俺の部屋には今でも、時々あの声が聞こえるような気が、する。
髪を求める、あの声が……。
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