胡蝶

1/5
前へ
/95ページ
次へ

胡蝶

花が揺れていた。 淡いピンクの芥子の花。 「きれいね……」 病院の個室の中。白い壁紙に、木目調の家具を揃えた病室の、棚の上に置かれた無色透明の切り子ガラスの花瓶。 千紗は、お見舞いに訪れた和也に微笑んだ。 「千紗、早く退院して、またみんなとだべろうぜ」 じゃあな。 そう言って手を振り、出て行く和也を明るく見送って……。ベッドの上からなんとか見える窓から、去って行く後ろ姿を見詰めた。 「なによ……あんたなんか!」 白いシーツに包まれた肌色の、一面花柄が透ける掛布に、千紗は、小さく、丸くなって突っ伏した。 「嫌い、嫌い、大っ嫌い!みんな、……みんな居なくなっちゃえばいいのに!」 シーツに、溢れ出す涙が染みていく。……病室に、千紗のすすり泣く音がこもっていく。 そこへ千紗の母が、パートを終えて、やって来た。 「ちぃ……来た」 カラカラと、横開きのドアを開いて入ってきた母親は、千紗の姿を見て、激しくうろたえた。 「ちぃ? ど……どうしたの? 何か……あった?」 慌ててドアを閉めて、しどろもどろにベッド際にしゃがんで、千紗の顔を覗き込もうとした。 「さ、さっき、和也くんと会ったけど、何かあったの?」 母親はためらいがちに問う。 「何かあったの?じゃねえだろ、クソババあ」 静かな入院患者病棟に、ガラスの砕け散る音が鳴り響いた。
/95ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加