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胡蝶
花が揺れていた。
淡いピンクの芥子の花。
「きれいね……」
病院の個室の中。白い壁紙に、木目調の家具を揃えた病室の、棚の上に置かれた無色透明の切り子ガラスの花瓶。
千紗は、お見舞いに訪れた和也に微笑んだ。
「千紗、早く退院して、またみんなとだべろうぜ」
じゃあな。
そう言って手を振り、出て行く和也を明るく見送って……。ベッドの上からなんとか見える窓から、去って行く後ろ姿を見詰めた。
「なによ……あんたなんか!」
白いシーツに包まれた肌色の、一面花柄が透ける掛布に、千紗は、小さく、丸くなって突っ伏した。
「嫌い、嫌い、大っ嫌い!みんな、……みんな居なくなっちゃえばいいのに!」
シーツに、溢れ出す涙が染みていく。……病室に、千紗のすすり泣く音がこもっていく。
そこへ千紗の母が、パートを終えて、やって来た。
「ちぃ……来た」
カラカラと、横開きのドアを開いて入ってきた母親は、千紗の姿を見て、激しくうろたえた。
「ちぃ? ど……どうしたの? 何か……あった?」
慌ててドアを閉めて、しどろもどろにベッド際にしゃがんで、千紗の顔を覗き込もうとした。
「さ、さっき、和也くんと会ったけど、何かあったの?」
母親はためらいがちに問う。
「何かあったの?じゃねえだろ、クソババあ」
静かな入院患者病棟に、ガラスの砕け散る音が鳴り響いた。
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