HANABI

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1年前、 あなたと手を繋いで、 浴衣を押さえて、 立入禁止の鎖を飛び越えて上った、 同じビルの屋上で、 私は1人、 花火を見上げる。 10号玉が一際大きな音をたてて、 あなたが「好きだ」と言った、 煙柳の火の筋が、 夏の夜空に、 長く静かに、 長く静かに、 伸びてゆく。 絶え間ない音。 振動。 光。 歓声。 拍手。 煙。 火薬のにおい。 それは1年前と、 何も変わらない。 きっと、 目を閉じれば、 左の肩に、 あなたの手の温もりも重みも、 確かに感じられる。 ……私は目を閉じる。 けれど。 何も感じられない……。 あなたは、 いない……。 2ヶ月前、 バスケットボールの試合中に、 あなたは、 激しく当たられて、 倒れて頭を打って、 そのまま、 動かなくなってしまった。 あなたは、 灰色の煙になって、 空に溶けた……。 あなたは、 今、 どこかでこの花火を、 見ていますか。 台風の日に窓を覆う雨のように、 私の頬に涙が流れる。 胸の奥の奥から、 声にならない声がこみ上げる。 会いたい。 会いたい。 会いたい。 会いたい。 今すぐ、 あなたに、 会いたい――。 クライマックスを飾る、 たたみかけるようなスターマインが、 私の激情を、 優しく包んでくれる。 どうか、 どうか。 あなたが、 今、 どこかでこの花火を、 見ていますように。 会えなくても、 同じ花火を見ていますように――。 それが、 私からあなたへの、 最後の、 祈りです――。
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