HANABI

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1年前と、 同じビルの屋上で、 同じ浴衣を着た君が、 同じ花火を見上げている。 違うのは、 君の細くやわらかい髪が伸びたことと、 君が少し痩せたことと。 10号玉が一際大きな音をたてて、 僕が「好きだ」と言った、 煙柳の火の筋が、 夏の夜空に、 長く静かに、 長く静かに、 伸びてゆく。 あのとき君は、 ハート形に散る花火を指さして、 「私はアレのほうが好き」と笑った。 本当は、 僕が「好きだ」と言ったのは、 花火じゃなくて君のことだったけれど、 僕も笑った。 絶え間ない音。 振動。 光。 歓声。 拍手。 煙。 火薬のにおい。 それは1年前と、 何も変わらない。 きっと、 目を閉じれば、 ぎこちなくまわす左手に、 君の肩の壊れてしまいそうな細さを、 確かに感じられる。 ……僕は目を閉じる。 けれど。 何も感じられない……。 君には、 触れられない……。 僕は、死んでしまった。 驚くほど、 情けないほど、 冗談みたいに、 あっけなく、 僕は死んでしまったんだ……。 花火を見上げながら、 とめどなく涙をこぼす君に、 伝えたい。 ごめん。 ごめん。 ごめん。 ごめん。 勝手に、 先に死んでしまって、 ごめん――。 けれど、 どうしたって、 伝えられない。 そして、 もう僕は、 行かなきゃならない……。 最後の1歩を踏み出せないダメな僕に、 クライマックスを飾る、 たたみかけるようなスターマインが、 優しく教えてくれる。 たった1つだけ、 君のためにできること――。 最後の花火が打ち上げられた瞬間、 僕も最後の力を振り絞って、 強い強い風になった。 そして、 スターマインの残した煙を吹き飛ばして、 澄んだ夜空に、 最後で最高の、 花を咲かせた。 君は、 涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、 ゆるゆると、 ゆるゆると、 笑顔になった――。 ……ああ。 ありがとう。 そして、 さようなら。 その笑顔が、 大好きでした――。
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