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静かな場所。
その領域に足を踏み入れた瞬間、内にいる誰もが言葉を交わさない。私語は慎めという図書館の中、ただ一人俺は喧騒を味わっていた。
静寂の中にあるものは、優しさや喜びなどの感動や怒り、憎しみ、嫉み、悲しみといった様々な感情が飛び交っている。
どんなときでも聞こえなくなることのないその心の聲は、強い感情はより大きく脳に響いてくる。
死を望んでいる者、殺人を犯そうと企んでいる者、彼氏の腕に絡む女が考えるのは浮気相手の事等、全てが自分には筒抜けなのだ。
だからといって何か行動を起こすわけではない。自殺願望者は自分がどう足掻いてもその人自身の気も落ちが変わらなければ意味がないし、殺人者になるかもしれない者も、浮気をしている女も同様だ。どうせ変わらぬのなら、何もしないほうがいい。
言っても、本当のことでもどうせ気違いのような目で見られるだけだ。
「あの…」
突然女性が声をかけてきた。
勿論知り合いでもなんでもない。
ここには一人で来たし、友達といえる存在はいなかった。
「はい…?」
「具合でも悪いんですか?」
心配そうに彼女が顔を覗き込んできた。
思わず同じ距離だけ後ろにさがる。
時折開くドアの前で、いつまでも立っているのを見かねたのだろう。適当に誤魔化して、離れよう。
そう思った、が。
おかしかった。
彼女の聲が聞こえない。
どうして。
彼女の思念を探しても、それは雲を掴むような作業だった。
何も考えていないはずはない。
なぜならば、彼女の顔は明らかに不思議そうな顔をしている。
他の聲は聞こえているのに。
「いや、平気です」
答えて、失敗した。
この、思念が聞こえない女性と、なんらかの関わりを持ちたい。
そんな人は始めてだったから。
これではすぐに彼女は何処かへ行ってしまう。
もう、会えなくなってしまうかもしれない。
「あの、何処かでお茶しませんか?」
焦ったが、自分の口から出た言葉ではなかった。
「……え?」
「いつもここに来てくださっていますよね?」
ふわりと女性が笑った。
背後の入り口が開いて、肩までの長さの薄茶の髪が風にそっと靡く。
「はい」
本を読むために図書館に行くのに、さわりもせずに出て行くなんて今までないことだったが、断る理由など、何処にもなかった。
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