第一章 ピンクの町

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「……忘れてた。今日、俺の誕生日だった……」 「今日が誕生日ですか?おめでとうございます」 アイは俺に近づいて来ると、テーブルの上に置いてあったピエロの置物を俺に手渡した。 「これ、誕生日プレゼントね。幸せな一年になりますように…」 アイからの突然のプレゼントに、俺は驚きを隠せなかった……。 「……ありがとうございます」 とっさにそれしか言えなかったが、俺は心の底から感動していた。 「ちょっと待っててください。今、つまみとビール持っていきますから……」 娼婦とはこんなにやさしい存在だったのか? 俺は生まれて初めて体験するやさしい温もりを、充分にかみ締めていた。 ぼんやりと部屋の中を見回すと、棚の上にタイの仏像が飾られていて、そこに供え物がしてあった。 俺は町の片隅に建てられている地蔵の事を思い出した……。 その地蔵もやはり様々な供え物がしてあり、花が飾られていた。 娼婦たちはあの地蔵をどんな風に思っているんだろうか? その時、アイがビールを持ってきてくれた。 俺はアイと乾杯し、ビールを飲み込んだ。 「何を見てたんですか。恥ずかしい」 「アイちゃん、この仏像ってタイのものなんですか?」 「それタイの神様ね。私毎日それにお祈りしてる。今日も幸せでありますようにって……」 「町の路地の中にも地蔵があるじゃないですか。あの地蔵に供え物がしてあったんですけど、アイちゃんもあの地蔵に供え物するんですか?」 「あの地蔵ここの守り神ね。ここの女たち、仕事の事、国の家族のこと神様にお願いするね。みんな自分の国のやり方で願い事する。やり方はバラバラだけど、みんな幸せ願ってるね……」 いつの間にか俺の目から、涙がこぼれていた。 そんな俺にアイはやさしくキスした。 「あなた、やさしい人ね」 「アイちゃん……」 「もしよかったらこれから私とどうですか?私、今日から働こうと思ってたら店閉まってたね。私あなたの事好き。どうですか?」 それは気持ちいいほどストレートな売春の誘いだった。 しかしそれが逆に俺には純粋に思えた。 変に誘惑しヤラせてから金を請求するより、ずっと正直だと思った……。 【続く】
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