第一章 ピンクの町

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俺がコンビニの前までやってきた時、横の公衆電話で電話を掛けている一人の日本人の女がいた……。 その女を見た瞬間、俺の体の中を稲妻が走った。 あれだけの娼婦を見ても気分が出なかった俺はこの女に一目惚れした。 特に獣のように純粋で獰猛な眼が気に入った。 その女は電話ごしの相手に向かって熱心に話し込んでいた……。 俺はその場に立ち止まり、しばらくその女を見詰めていた。 女は俺の視線に気づきながらも平然と電話を続けていた。 すると、突然女は怒りだした……。 受話器の向こうの相手に向かって罵声を飛ばし、怒鳴り散らしている。 その聞いていて気持ちがいいほどきっぷのいい怒鳴りっぷりに、俺は度肝を抜かれた。 女は受話器を叩きつけ一方的に切るとコンビニに入っていった。 俺は彼女に吸い寄せられるように、続いてコンビニに入っていった。 コンビニに入った俺は、さりげなく女を目で追った。 女は当たり前のようにそこにいた。 のんびりと店内を歩き回り、ミネラルウォーターを手に取るとレジに向かっていった。 女は水を買って店を出ると、入り口のすぐ近くでペットボトルの蓋を開け、音を立てて水を一気に飲み始めた……。その気持ちの良いほどの豪快さに、俺はますます彼女に惹かれていった。 その時、呆然と彼女を見詰めている俺の方にその女が近づいてきた。 あまりに突然の事に俺はその場に立ち尽くしていた……。 すると女は突然俺の足元に座り込んだ。 俺が下を見ると、俺の足元で一匹の蟷螂が死んでいた……。 「……かわいそう。埋めに行こう」 そういうと女は蟷螂の死骸を拾い上げ歩き始めた。 ぼんやりと彼女に吸い寄せられるように、俺は女の後について行った。 女は小さな地蔵の前に来ると、その横に生えている桜の木の根元に蟷螂の死骸を埋め、持っていたペットボトルの水を全部掛けて手を合わせた……。 それを見ていた俺はあっけにとられた……。 今の日本にこんな女がいたなんて、とても信じられなかった……。 彼女は、これまで俺が見てきた女達が、忘れてしまったとても大切な何かを持っているような気がした……。 【続く】
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