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5.
何が正気?どこからが狂気?
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「あこんさん」
笑みを浮かべながらその名を呼ぶと、何故だか阿近さんは悲しそうに微笑んだ。
愁いを含んだその瞳が、狂おしい程に愛しかった。
「ねえ、あこんさん」
ちょいちょいと手のひらを動かして手招くと、阿近さんはため息混じりに仕事を止めて俺の方へと来てくれた。
忙しいのかな、阿近さんの顔からは疲労の色が見て取れた。
それでも俺を邪険にせずに、俺の言うことを聞いてくれる阿近さんは甘い。
甘すぎて、壊れてしまいそう。
俺の前まで来た阿近さんの手を取って、ちゅっと音を立てて口付けた。
…あ、困った顔してる。
「あこんさん?」
「修兵…」
「なぁに」
首を傾げて顔を覗き込むと、俺の名を呼ぶから、俺は嬉しくて笑みを深くした。
阿近さんは何も言わずに、さっき俺がキスした指先で俺の唇をなぞった。
くすぐったくて、少し悪戯してやりたくて、ぺろりとその指先を舐める。
「修兵」
咎めるような口振りで俺の名を呼ぶくせに、止めさせようとはしない。
だから嫌じゃないってわかってる。
「ねぇ、あこんさん」
「何だ」
「だいすき」
「知ってる」
意地悪な阿近さん。
阿近さんにも応えて欲しいのに。
でも知ってる。
言わなくたって、阿近さんが俺を愛してる事。
「だいすき」
「あぁ」
「愛してる」
「あぁ」
「…食べちゃいたい」
かぷり。
俺が舐めてぬめりと光るその白く細い指に歯をたてる。
阿近さんは何も言わないで俺の好きにさせてくれる。
愛されてるなぁ…
「ねぇ、あこんさん」
そのままがりっと強く噛みつくと、皮膚が破れて血が溢れてきた。
血を舐めると鉄臭くて、やっぱり阿近さんも甘くないんだなぁ、なんて。
「あこんさん」
「…ん?」
「いつか…食べてもいい?」
「……あぁ。お前になら…やるよ」
「あこんさん」
「ん」
「だいすき」
「俺もだ」
その一言が、まさに天にも昇る程嬉しくて、阿近さんを引き寄せてキスをした。
血の味のキスに、阿近さんは困ったように笑ってくれた。
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