夏の花

2/7

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
   君は燃えるような赤い海の中で座っていた。  泣きもせず、声もあげずに……。  ぬくもりの消えゆく双眼を見つめながらただ彼の傍らにいる君は、息をのむほどに、ただ美しかった。   「ゆな、おいで」    僕の声が届くと君の瞳は、そこから動けないことを訴えるように微かにゆれる。  かわいそうに。小さな肩はふるえてた。    僕は愛しい唇に、そっと唇を落とす。   「行こう、全部捨てて。何もかも忘れて遠いところへ逃げよう」  君を捕らえるしがらみから。  僕らを引き離そうとする世界から。 「ゆなは何も心配なんかしなくていい」   ――何があってもそばにいて、僕が守ってあげる――               ===《 夏の花 》===                僕の朝は新聞配達からはじまる。  オンボロ自転車にムチ打って、商店街の先にある大きな坂をいっきに下るのが日課。  急な坂に自転車は悲鳴をあげるけど、でもそんなの知ったことじゃない。    爽快な朝の風をきる。  次々と移り変わる景色の中で、まったく変わらない日常を肺いっぱいに吸い込む。    気分は上々。  風は追い風。  ぐんぐん加速度を増して遠ざかる、空。    ふと僕は空に飛びこむ錯覚にとらわれた。   ――どこからか、ガラスを叩く高い音がする。  
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加