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思わず後ろふり返った僕は、視界の端に涼しげな球体を見る。――風鈴を、見る。
心臓が波うつのを感じた。
(――ああ……)
僕は我知らずに舌打ちする。
少しでも夏の風から遠ざかろうと、ペダルをこぐ足に力をこめた。
(ああ……またこの季節がめぐってきた)
僕は夏休みが嫌いだ。この世から消え去ればいいと、心底思う。
続く休日が苦痛でたまらないものであれば、そのうえ良い思い出はひとつもない。
そう、この世にアイツがいる限り。
アイツ――僕の父親はのんだくれのクソジジイ。毎日安い酒で腹を満たして、好き放題暴れては寝るだけの役立たず。
人間のカスって、つまりはそういうこと。
アイツの代わりに年を偽ってまで働くのは僕。
だってお金は生えてなんかこないんだから、働かなくちゃ生きていけないでしょ?
夜まで働く僕に、本当は夏休みがあろうがなかろうが関係ない。
だけど、ゆなはちがう。
妹は夏休みになると家にいる時間が必然的に増える。学校がないから。
そうすると妹のアザは必然的に増える。アイツは暴れるから。
僕は働くのを辛いと思わない。でもゆなが泣くのは死ぬほど辛い。
夏休みは僕の生き地獄。
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