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そこは公園だった。街灯がミラーボールのように点滅していて気味が悪いが、その光は確かに滑り台や砂場を、そして小さな一人分のブランコを照らしだしていた。
「香月……か?」
そこに見覚えのある青いリボンが腰掛けている。そうだ、確か彼女の家の近くだったと思い至る。その後ろ姿に手を伸ばした。
「おい、香月」
肩に手を触れるか触れないか。その瞬間、ギイ、と鎖の擦れる音と共に、彼女はくるりと振り返り、風が止まる。
「なあに? 奏くん」
彼女の表情に僕は驚愕した。
見開かれた両の眼球を、弧を描くように回転させ、口唇が細かく痙攣するように震えている。
その速度が異様に速い。近所のブックオンで立ち読みし始めてから、店長の親父がハタキを持って咳払いしながらやってくるまでの速さも尋常じゃないが、それを遥かに凌ぐスピードである。
僕の躯はまるで金縛りにあったように硬直し、伸ばした腕を下ろす事すら叶わなかった。
「なあに? 奏くん」
繰り返す静かな問いに戦慄を覚える。まるでカセットテープを早送りした時のような、無機質な声。それは僕に死神を想起させた。
「どうしたんだよ……香月」
ようやく声を出した。香月は焦点を合わせぬまま、口元をぐいい、と釣り上げると、まるで幼稚園児のような明るい口調で、
「嫌いだよ」
僕を拒絶した。
「な、なに言って――」
「嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ッ!!」
今度ははっきりと憎悪の意思を感じた。その異様な迫力に思わず息を呑む。目は逸らさなかった。いや、逸らせなかった。
彼女の眼球は嘲笑うかのようにさらに加速度を増していく。トンボ職人にでも転職するつもりだろうか。眩暈がしてようやくその場にうずくまる。
「ムカエニキタヨ」
より機械的に響くその声を合図に、ガタン、とエレベーターが起動するような音がして、世界は回転した。
「うわあああああぁぁぁ!!」
僕にかかる引力が逆転したのか、周りの景色だけが180度変化したのか、それはわからない。
視界の奥には天井に張りついた蜘蛛のように、砂場が、滑り台が、そして青いリボンが映る。
それはぐんぐんフェードアウトしていき、僕は満天の星空に向かって落ちていった。
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