『始まりは雨』

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    しかし少年は至って冷静。 馬鹿正直に突っ込んで来るガキを半身になって躱すと、足を引っ掛けて転けさせる。 ガキは俺にすがりつくように地面に這いつくばった。 俺は一寸驚いて、ガキを見ながら後退る。 「テメェ…ッ!」 見上げたガキは、目の色が変わっていた。 「殴り殺してやらぁ!」 怒号と共に、ガキの手が鉄のような鈍色に変化していく。 …げ。マジスカ。 こいつ『能力者』だ。 予定外。 下手を打てば俺の身も危ない。 だが、ガキの表情が一変した。 『信じられない』 『何故?』 そんな表情に。 その視線を追うと、理由はすぐに判明した。 おそらくガキと同じような表情を俺もしているだろう。 少年の周囲だけ、雨粒が空中に静止している。 まるで、DVDの一時停止のように。 「…怨むなよ」 言い聞かせるように、静かに言う少年。 「俺もその人も、止めた。 なのに手を出したんだから」 それから先は、一瞬。 雨粒は機関銃の如くガキ共に降り注ぎ、あっという間に肉塊を作り上げた。 その間、おおよそ三秒。 俺は、立ち竦んでいることしか出来なかった。 「…ごめん。 目の前で、こんな」 「は。え?」 それが俺に向けられた声だと気付くのに、たっぷり五秒かかった。 「後片付け、頼むよ。 キャットなんだろ?」 少年はそれだけ言い残し、口も利けない俺を置き去りにしてとっとと行ってしまった。 俺が我に返ったのは、情けないことにそれからしばらくしてからのことだった。  
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