誘う。

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悪意は、 いつも体力の落ちている時や、 具合が悪い時、 優しい物腰だが… そこには、 悪意しか存在しない。   『お前には、まだ判らないかもしれないが、死について教えてあげよう。』   苦痛の暗い闇のなかで 「悪意」の誘いだけが、 あたしのなかに響いてくる。   『熱で、くるしいな。 楽になりたいだろう?』 『さあ、楽におなり』 『お前が、こんなに 苦しんでも、誰も助けて なんてくれないんだよ。』 『苦しくなくなった ほうが、いいだろう?』 『身体を手放しなさい』   いつになく「悪意」は 饒舌だった。 あたしはふらふら、「悪意」に 近寄っていた。   闇の中…。 濡れたあかい唇だけが浮かんでいる。   あたしを一口で、 飲み込んでしまいそうな 大きなくちびるだった。   それが、「悪意」を みた、最初で最後。   あたしは、意識を失なった…。 暫くしてからだとおもうが、 かすかな犬の吠え声で 目が覚めると、 頭は瘤だらけ喉も絞められた ように痛い…。   ぼんやりする頭ごしに、 「きがついたか? 昨日の夜、お前…。 覚えてないかもしれないが、 『頭が痛い』って言って、 壁に頭を打ち付けていたんだぞ。 首には、コードが絡まっていたし…。」   幼かったあたしは、悪意に連れていかれずに済んだ事に安堵し、火の付いた様に泣き出した。 勿論、説明など、できる筈もなかった。   大人達の結論は、 鎮痛剤の服用による、 異常行動だろうと いう事になった。   だが…。 「悪意」は 再度現れることになる。 それは、もうすこし後の話。
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