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教室の出入り口で、誰か知らない女子と勇太が話す姿を春香は不安そうに見ていた。
(あんなに、ボロボロになるほどマヨコのことしか頭になかった一、二ヶ月前のゆうたから、大分明るくなった)
それはそれで喜ばしいことだと思う。
思うのだが、同時に真夜子は過去になってしまったのか。
と考えると物凄く悲しい。
「!?」
そんな感じで視線を勇太に送っていたら、会話が終わったその女子が急にこちらに視線を合わせてきたではないか。
「へ?」
ツカツカと真っ直ぐにこちらに向かってくるその女子に驚き、春香は一歩思わず後退った。
「大田さん?」
「は、はひ?」
なんだか分からないから怖くて、返事がおかしい。
その女子は構わず、一枚の紙を春香にピラリとつきつけた。
「山本くんが書いたコレ、誰か分かります?」
「!!」
それは確かに勇太の字で、小さくはっきりと書かれている。
“戸口 真夜子”
「…………」
顔が緩む。
嬉しくなるのは、これを書いたのが勇太だと確信出来るからだ。
「困るんですよね。この学校の人じゃない名前を書かれると──‥」
春香は聞いてない。
勇太の中で、真夜子はまだ特別なんだと思えたことが何より嬉しかった。
ニヤける口を押さえ、春香はあらためてその文学部関係の女子に視線を向けた。
「で、コレは誰なのよ?」
(何で、あたしはこんな地味子に偉そうにされなきゃいけないの?)
完全なる偏見だ。
が、一番は面識すらない相手への話し方に腹が立った。
あなたの部員ですが何か。
そう言いたい気持ちをグッと押さえる。
「誰でもいいじゃん。ただのいち回答でしょ? 白紙と交ぜてりゃいいじゃん」
「だから‥」
さっきも言ったでしょう、と言わんばかりの顔をするその女子から紙を引き取り、春香は茶の目を細めた。
名前の書かれていない、分かる人には分かる勇太の字。
ふ、と笑みが込み上げる。
「つか、よくコレがゆうたの字だってわかったね?」
「!」
その女子はカッと赤くなり、紙を素早く取り上げたあとそそくさと教室を出ていった。
(ばぁか)
そうベッと舌を出して、ふと教室を出ていった勇太を思い浮かべ、再び嬉しくなってニヤけた。
(まだ過去になんてしたくないよね──‥?)
勇太の席につき窓から青空を、晴れやかだが、妙な気分で仰いだ。
そう、あれから──
「二ヶ月──‥か」
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