金翼の司馬、司徒、司空

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   力強い羽振音が尾根に響く。うろこの透明度が明らかに増し、背や尻尾には隆々とした筋肉が浮かび上がっている。 「頑張れ、伝説のファブニールっ!」  首もとに抱きついているティータが嬉しそうに掛け声を上げている。鎧を脱いだ状態で胸を押しつけられているペタが少しうらやましい。背中にティータがおぶさってきた時のことを思い出してしまう。  あの、もにょもにょとした物体を押し当てて抱きつかれたらと想像するだけで仰角八十度。寒さで体は縮ぢこまっているというのに、一ヵ所だけは戦艦の主砲のごとく雄大にそそりたってしまう。 「うはっ、マジかい……」  思わず声も出てしまう。ペタの充電は完全に終了したようだ。ティータとボルゲが目を丸くして茫然とする中で、辺りの土埃を放射状に巻き上げながらペタの体がふわりと少し浮き始めたのだ。 「うほほっ、ペタ憎、空を飛べるのかいっ、さすがは伝説の黄金竜の息子じゃわい!」  これにはマコピも言葉が出ない。興奮して叫ぶボルゲを横目に信じられないと空を見上げている。瀕死の状態だったペタの治療をしたのはマコピだった。最初に見た時は、翼のとう骨が折れていて傷だらけ。とてもじゃないが空に舞い上がることなんて不可能だろうと思っていた  すさまじい揺れとともにペタの体が大きく傾いた。冷たい風が荒れ狂い、体がすっと軽くなる浮遊感に包まれる。「きゃっ、」と叫ぶ声につられてマコピが左を向くと、ティータがバランスを崩して落下しそうになっている。左手でおもいっきりティータを抱き寄せると、右腕に手綱を巻きつけてマコピは歯を食いしばった。 「うっそだろ、おい……」  気づいた時には雲の中にいた。視界を遮る水蒸気と霧に包まれていたが、それが雲だと一瞬でわかった。真下で小さくなったアイシャたちが見上げているのが見えたからだ。 「くそヤバい、竜騎士じゃん、俺っ!」 「すごい綺麗、なんか涙でちゃう……」 「うほっ、ほーほほっ、ほっほーっ!」  三者三様、反応はそれぞれ。初めて経験する空からの景色に三人の頭は真っ白になっている。放心状態のマコピの瞳の中には、ペタのうろこと自分自身が着用している黄金の鎧、そして抱き寄せるティータの淡い栗色の髪が、太陽の光を浴びて金色に輝いていた。  眼下で見上げるアイシャやデューク、ジョニーたちに見せつけるように、ペタは大きく弧を描いて旋回している。誰もが酸素不足の金魚のように上を向いて大きく口を開けている。やがてペタは拡げた翼を斜めに傾けて、急降下するように滑空していた。 「うわっはははははっ、人間がゴミのようじゃ!」  豆粒みたいに小さくなっていた真下の兵士たちにぐんぐんと近寄っていく。尾根の斜面を滑るように急降下していくと兵士たちの真横を駆け抜けた。舞い上がる雪ぼこりに皆がたじろいでいる。今度はアイシャや兵士たちが頭上に見えて小さくなっていく。 「うわっはは、……はは……、はは……、ん?」  ここで気づいた。ティータの顔面が蒼白になっている。まるで怪しい幽霊でも目撃したかのように、口をパクパクさせながら引きつっている。  後ろを振り向けばボルゲも同様。たった今まで、はしゃぎまくっていたというのに完全に目が死んでいる。ここだという時に動きを止めて、追加料金を請求してくる熟練の風俗嬢を見るような表情してやがる。 「あのう、ところでペタ君……、空中遊泳はもうじゅうぶんに満喫したので、ここらで降ろしていただけると嬉しいのだが……」  とりあえず刺激させないようにと、マコピは優しくペタの耳元でささやいてみるが反応はない。上を向けばもうアイシャたちの姿すら見えない。  体が動くようになったから避難する。ペタからすれば親であるマコピも背中に乗っている今なら絶好の機会。考えてみれば当然の行動だった。野性の生き物であるペタの本能が、この極寒の山にいて次に天候が荒れたら、自身の命が危ないことに気づいていたのだろう。 「……。」  ペタ君はマコピの説得や静止など耳も貸さずに、一目散に下山している。真っ直ぐに山の麓の暖かい大地めがけて飛び去っていった。
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