金翼の司馬、司徒、司空

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 背後は切り立った絶壁となっていて巨大な山脈が続いている。入り口は隘路となっていて背後左右からの侵入は不可能。山を挟んで、ちょうどラス・シアラの反対側に位置する天然の城塞に囲まれたアヴァンティスト領の旧王都。  この国の昔の国号はアヴァンであり信仰の国と呼ばれていた。そしてこの聖都アヴァンが遷都する以前のアヴァンティストの王都である。  街の中央にある巨大な大聖堂が、巡礼の総本山として人々に聖地とされていた。しかし国の首都としてみると、とにかく交通の便が悪い。  やがて聖都アヴァンは少子高齢化して過疎化が進む。若い者たちはみんな国の中央に位置する主要道路の交わる、大型都市ティストにと集まるようになっていった。そして今から二十年ほど前に首都をティストに遷都して、国号をアヴァンからアヴァンティストにと変更したのだ。  聖都アヴァンを見上げると、小高い丘の上に城下町を睥睨するように、半ば遺跡と化したような王城がひっそりとたたずんでいる。廃城となった今でも町の人間の手によって城周辺の清掃はされている。しかし修復はされていない。  城壁の至るところは、風化して苔むし、崩れている。城内は立入禁止で、平時ならば閉ざされた城門の中に人間が忍び込むと罪に問われる。しかし今は違う。  城内は人間でごった返していた。この聖都の人間だけではない。アヴァンティスト各地から逃れてきた人々までもが、このぼろぼろに劣化した城内に立てこもっている。  既に王都ティストは何日も前に陥落して、各地の主要都市も全て降伏している。法王も大神官もメイデの手に落ち、残されたのは天険の要害であるこのアヴァンだけとなっていた。  必死の抵抗を続けていた。さすがのメイデ軍も難攻不落のアヴァンには攻めあぐね、本国では魔竜バハムートの出撃を要請する声も高まっている。しかし現場の指揮官である征東将軍の軍佐マルサスは頑なに拒んでいた。  ここは旧聖都。街中には大聖堂もあり歴史の古い建物ばかり。バハムートなんぞで蹂躙したとなっては、信仰心の強いアヴァンティストの民は、向こう千年はメイデの国を恨むこととなるだろう。  激戦につぐ激戦によって、今日ようやく城下町と大聖堂を陥落させた。これにより町の人々は逃げ場を失っているが、それでも降伏の選択はしない。彼らは今では廃城と化した旧王城にと逃げ込んで籠城を始めたのだ。  大老と呼ばれる町の最長老の男を中心に取り囲み、人々が肌を寄せ合っている。城内から眼下を見下ろすと町の至るところが燃えている。黒煙が立ち昇り、メイデの兵隊が雪崩込んできているのが見えるのだ。 「大老様、私たちみんな死んじゃうの?」  小さな子供といえども、この状況に後がないのはわかっている。大老に尋ねる十歳にも満たない少女の声の端は震えていて恐怖の色を隠せてはいない。  デュークの後任を引き継いで大尉となった、ティストの騎士団長である将軍の尽力もあり、ここまで必死の抵抗を続けてきた。しかし、その将軍の討ち死にに伴い、形勢は一気に傾いてしまった。ティスト最後の都市アヴァンの抵抗も既に風前の灯だった。 「伝説の三大司様はきてくれないのかな? これじゃアヴァンティストが無くなっちゃう」  大老は黙って少女の肩を抱き寄せた。少女は指の痕状に内出血して、紫色になっている腕をさすりながら涙を流している。この場にいる子供たちは多くの悲惨を目の当たりにしてきた。幼子といえども負傷兵の手当てに駆り出されていたからだ。  腹を裂かれて、傷口を抑える手のひらの指の隙間から臓物の飛び出ていた兵士が、痛い、痛いと呻いていた。真っ青になりながら、ガーゼを取ってこようと立ち上がった少女の腕を掴んで何かを呟いている。その力は強く、少女の腕に爪がめり込み、出血していたが離してはくれない。  泣き叫ぶ少女に対して、兵士は最後に何かを必死に叫ぶとそのまま動かなくなった。吐血しながら叫んでいたので何を伝えたかったのか全く聞き取れなかった。斬られて死ぬということがどのようなことなのか、少女はもう知っている。  攻め込んでくるメイデの将軍は征東軍を率いるマルサス軍佐。羅刹の将軍との異名を持つ。冷酷な将軍としてアヴァンティストでは名高い。  大陸の国々の中でも最も古い歴史を持つアヴァンティスト。その発祥の地であり遺跡の町としても有名な旧聖都アヴァン。聖地でもあり歴史と大聖堂のあるこの町だけは死守しようと彼らは抵抗し過ぎた。度重なる降伏勧告、最後通牒も無視してきた。もう受け入れられないだろう。  城下町は完全に制圧されて、残されるは半ば遺跡と化した旧王城のみ。城壁は至るところが劣化していて防御壁としての役には立たない。アヴァンの守備兵もティストの残兵も、そのことごとくが敵に討たれてしまった。立てこもるのは負傷兵と女や子供、老人がほとんど。信仰の国アヴァンティストの終わりの時を告げていた
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