金翼の司馬、司徒、司空

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  「ま、ま、マルサス軍佐殿、あ、あれは?」 「な、何じゃありゃ?」  アヴァン廃城の城壁前に陣を展開して、今まさに突撃の号令を発しようと、メイデの軍佐司令官マルサスが右腕を天に掲げた瞬間だった。  上空から何らかの飛行生物が急降下してくる。整列したメイデ軍の兵士たちも、目を見開いて空を指差し、口々に絶叫してたじろいでいた。マルサスは真上を見上げた瞬間に直射日光が眼球を刺激して、最初は竜だと気づいていなかった。ただ金色に輝く巨大な翼だけが、網膜に焼き付くように飛び込んできた。 「ちょっ、ちょっと待てペタっ、こ、この場所の着地はマズいだろ、なんつうか……、絶対に不幸になりそうな気がするぞ」  マコピは手綱をぐいぐいと引き絞りながら、ペタの頭をポカスカと殴っていたが、まったくもって言うことを聞いてはくれない。  マコピの前方側、城壁前には眉間に青筋立てた、とんでもなく気合いの入ったオッさんたちが、何千人と仁王立ちしている。  後方側には、えらく劣化して苔むした、ぼろぼろの城がある。状況が全く掴めねぇが、崩れかけた城内には、これまたみすぼらしい格好した爺さまや婆さま、ガキどもが土下座しながらマコピたちを出迎えている。意味がわからないし、嫌な予感だけがビシバシと伝わってくる。  何とかしてこの場から離脱しようとマコピは後ろを振り向くが、ボルゲの野郎がやる気満々。腕を前に組んで立ち上がり、強烈な武威を放っている。  ここまでくる途中は、風に煽られて凍てつくような寒さだった。薄くて軽いが、寒さや暑さの遮断効果の高い黄金竜の鎧を着用しているマコピはまだしも、鎧を外した薄着のままのティータや、裸のボルゲには厳しかったはず。その為にボルゲは、アイシャから受け取っていた毛布を首から巻き付けて、寒さをしのいでいたようだ。  どうでもいいが仁王立ちして腕を組み、完全素っ裸の真っ赤なふんどし一丁姿。しかも首に巻いている毛布が、風になびいて巨大なマントのように舞っている。本人は大真面目なツラしてるが、どの角度からみても変態野郎以外の言葉が浮かばない。  着陸予定地は城壁正門前。ペタ君はどうやら、この場所が気に入ったらしい。マコピ必死の制止もむなしく、悠然と城壁の前に翼をたたんで降りたっていく。メイデの前衛の盾兵たちが一歩後退りしていた。 「王佐様、これはメイデの軍勢にアヴァンの民衆が襲われています!」  ティータが説明してくれなくても、そんなものは見れば分かる。彼らはとっても忙しそうだし、俺たちがいたらお邪魔になりそうだから、さっさとおいとましたい。それなのにティータまでもが戦闘モードになっている。目ん玉ひんむいて状況をよく見ろといいたい。 「うほほっ、メイデの諸君がなにやら楽しそうなことをしとるですがなっ!」  ボルゲが嬉しそうに叫んでいるが冗談ではない。貴様ひとりで心いくまで楽しんでくれ。俺を巻き込むなと、マコピは涙目になっている。  地上がぐんぐんと近づいてくる。アヴァンの廃城を真横にペタが最後に羽ばたくと風化した城の外壁の化粧石がぼろぼろと剥がれていた。  今にも崩れて落下しそうなほどに痛んだ欄干に身を乗り出して、こちらを見つめる女の子とシスターに目が合った。まるでお釈迦様にでも遭遇したかのような眼差しをマコピに向けて泣いている。女の子の方はさすがに犯罪年齢だが、シスターは声をかければお持ち帰りできそうだ。しかもかわいい。 「動ける者は正門に向かえっ、その時がきた、我々の信仰を捧げて三大司様の盾になるのじゃ!」  死を覚悟してうずくまっていたアヴァンの負傷兵たちが立ち上がる。これまで嘆きと鎮魂歌で満たされていた城内に、戦士たちの咆哮がこだましていた。
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