スタンシアラ王城

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「うむん?」  マコピの瞳が左右に泳ぐ。粉塵の中、逃げ惑う人々が見える。皆がみな、気がふれたかのように走り回っている。マコピは改めて危機的状況の激しさに気付いた。しかし今ひとつ判断が遅れている。自分自身のおかれている現状にはまだ気づいていない。それを教えてくれたのは周りの人間だった。  誰もがムンクの叫びを彷彿させる表情。こちらを見ている。遠巻きにマコピの方を見る人々の瞳が、皆一様に恐怖で濁っている。  大地を踏みしだく、とてつもない踏破音が辺りを包む。鼓膜を直接、張り手でひっぱだかれたような衝撃がマコピの頭蓋を揺らしている。その刹那、大地がべこりとへこんでいた。何か巨大なものが、爆風と粉塵を巻き上げながら真横に激落したのだ。 「や、ヤバい怖ィっ! やめれ、たゐヶ゙っでっ゙、」  既にして錯乱状態。その口から発せられる言葉は、完全に意味不明。半狂乱である。マコピは大きくよろめいた。三半規管に強烈な刺激を与えられていて平行感覚を保っていられない。膝が笑っている。腰が抜けた状態になっていた。  竜の咆哮。突如として轟いたそれは、まるで雷鳴の衝突音。大木に雷が直撃した時の、生木が切り裂かれるような轟音が辺りに響く。  空間が陽炎のように揺らめいている。空気が熱を帯びている。辺りは敵意に包まれていた。舞い上がる砂煙で眼を開けていられない。その中にとてつもなく巨大な影が見えた。うねうねと動いているのがわかる。  ドラゴンが起きあがる。鎌首が空に向かって隆起していく。間違っても、コンニチワの挨拶をしてる様子ではなさそうだ。  ばさっ、ばさっ、という羽振音。王帥旗のような大きな旗が風に煽られているような音がした。それとともに、粉塵の中から広げられる翼の影が映し出された。  どうやら潜竜や蛇竜の種ではない。翼があるなら凶暴性の高い、雲翼竜(クラウドラゴン)かもしれないとマコピは認識した。    激しくやばい!  どうする、どうする俺、と自問自答するマコピ。彼の脳内コンピューターはフル回転している。 「退却」「逃走」「撤退」これが現状にて、マコピが選択できるコマンドの全てだろう。しかし、恐怖のあまり足が震えて動かない。蛇に睨まれたカエル君が、なぜ逃げる事が出来ないのか。この期に及んでマコピの頭の中には、そんなどうでもいいようなことが浮かんでいた。  砂埃の煙がしだいに晴れていく。雲間から射し込む太陽の光に照らされて、浮遊する粉塵の粒が細かな硝子片のように輝いていた。 「で、で、で、で、でか、でか過ぎるぅ~~っ!」  ドラゴンがゆっくりと立ち上がる。地鳴りのような音と共に地面がゆさゆさと揺れている。既にしてマコピは酸欠状態。その目に正気は宿っていない。酸素不足の金魚のように、顔を上に向け口をぱくぱく。だらしなく開ききった口からは、泡状のよだれが垂れている。  粉塵は霧散した。辺り一面は光に満ち溢れている。零れた光が眼球に突き刺さる。全ての景色が真っ白に染まっていく。  マコピは唖然としている。体は硬直して動けない。それは怖いからではない。ほんの数秒前までは、恐怖のあまり半狂乱状態になっていた。しかし今は違う。  マコピは大声で叫ぼうとした。しかし声がでない。歯と歯の隙間から漏れる「あぁ……」という、しわがれた声を出すのが精一杯だった。 「ファブ……、冗談だろ? てか黄金の鱗……、千年竜王じゃねぇか」  聞き取れないようなか細い声でそう呟くと、マコピはその場にへたり込む。目を奪われるとはまさにこのこと。それはあまりにも美しかった。
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