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「つまり何でもいいから、マスターも飲みなさいよ」
そう言うと、空になったグラスをカウンターに叩きつけた。
「まだ飲むのかい?」
「ええ、そうよ。
男に振られたのよ。
他に何をすればいいの?
マスター、おかわり。
マスターもジンでも、ジャンでも、何でもいいからサッサと飲みなさいよ」
マスターは、その言葉に何度も頷いて、在庫の最後のイモ焼酎を麻美の空いたグラスに足し前に置いた。
そして自分のグラスにバーボンをついだ。
「マスター、乾杯よ」
「何のために?」
この光景は、まるでデジャブーのように繰り返している。
毎度の台詞、何のための乾杯なのか?
悲しみよ、こんにちわか?
翌朝には、二日酔いよ、やっぱりおまえかなのか?
しかし、今日は乾杯の台詞が違った。
「マスターと2人切りの時間に乾杯よ」
そう言って、グラスをカチリと鳴らした。
「だから困ってるんだ」と言いかけて黙った。
「あっ!」
麻美がそう言って、突然天窓を見つめた。
そこには、色鮮やかな満月が姿を現していたからだ。
麻美が、満月を別世界の入口のようにうっとりと眺めた。
「月には、行きたくないわね」
そうポツリと零した。
「どうして?」
「男がいないからよ」
マスターは、また明日、麻美用にイモ焼酎を数本仕入れなければと思った。
第3夜 了
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