恋に、墜ちる。

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胸がきしむ、という感覚を、味わったことがあるだろうか? 体の芯がきゅっと凝縮されるような ぐっと熱くなるような そんな感覚。 心臓は、特定の誰かのために悲鳴をあげる機能を持っているらしいと、気付いたのはもぅ、3ヶ月も前のこと。 あたしのその機能は、名も知らない彼にだけ反応を起こす。 毎朝、7時36分。 彼は大きな黒いバックを左肩にかけ、夏服のシャツの第1ボタンをかけずに。 毎日この時間に、走ってやって来る。 ほら、胸がズキンと痛む。 勢い余ってズボンのポケットから溢れだしそうな携帯。 彼はいつも一瞬、天を仰ぐように呼吸を調える仕草のあとに、 何事もなかったかのように、うっすら汗のにじむ、日に焼けた顔をきょろきょろさせながら立つ。 お願い、気付いて。 でも、できれば気付かないで。 息を飲む、眼鏡越しのあたしの視線に今日も気付くことはなく。 7時39分 対岸に立つ彼は、今日もバスに連れ去られる。 いつも、同じ制服の友達がこちら側の席に座っていて その隣に彼も座る。 7時41分。 そしてあたしもぎゅうぎゅうづめのバスに乗り込み、 彼から遠ざかっていく。 人の臭いが充満する、湿度の高いバスの中で 現実に引き戻されたあたしの胸は、ようやく軽くなり、 あたしは自分が生きて呼吸をしていたことを思い出す。 今時、 自分でも笑っちゃうけど、 あたしにとってはすごく真面目に初恋だった。 全身のすべてが、彼を感知した。 彼のために、全細胞が活動をしていた。 怖いくらいに、彼を思っていた。 あまりにも真剣で、 誰にも言えなかった。 一緒にバスを待つ、唯一の親友の佳苗にさえ。 彼の視線はいつも、佳苗を見ていた。
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