愛しい人

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散歩を始めてから1時間くらいが経っただろうか。 急に空が曇り出してきやがった。 「こりゃあ一雨来るかも知んねーな」 「降りだしたら散歩も終わりね」 「えー!やだやだー!」 雨音はそう言って車椅子に座ったまま駄々を捏ねた。 今日の雨音は随分とワガママだ。でもまぁ、ワガママにもなるだろうな……。 「んっ?」 ふと見た先に、俺の見覚えのある景色が広がっていた。 7月の初め。引っ越してきたばかりの俺が落ちた川。 そう。俺と雨音が初めて出会ったあの場所だ。 「ほら見ろよ雨音!俺達が初めて合った川だぞ!」 俺はそう言って川を指差したが、思っていたより雨音の反応は薄い。 「何だよ雨音~。もうちょい反応してくれてもいいだろ?」 「えっ………。ここで出会ったんだっけ?」 「……はっ?」 雨音の返答は意外過ぎる言葉だった。 ……覚えてないのか? いやっ、でも深夜に病院に駆けつけた時に、雨音の方から初めて会った川の事を話してくれたのに……。 「じっ、冗談よせよ雨音」 「……ゴメンね心ちゃん。やっぱり思い出せないみたい………」 その言葉を聞いて、俺は雨音自身が語ってくれた病気の事を思い出した。雨音の病気はゆっくりと脳が死んでいく。 次第に五感が消え、感情も消え、記憶も消えていく………。 雨音の中では、もう俺との初めての出会いの記憶は消えてしまっているんだ………。
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