愛しい人

23/44
前へ
/246ページ
次へ
「俺が勝つまで辞めねぇからな!さぁ!もう一勝負だ!」 トランプを配り終わった俺は、トランプを扇のように広げながらそう言った。 「やれやれ、まだまだガキねぇ」 「ホントホント♪」 夏に共感したように雨音はそう言うと、配られたトランプを扇のように広げた。 そして、何故かそのまま硬直してしまった。 「何やってるんじゃ雨音?」 「同じ数字が全然ないのか?」 俺と官九郎がそう尋ねると、雨音は困ったように頭をポリポリと掻きながら口を開いた。 「え~っと……ババ抜きってどうやるんだっけ?」 『……えっ?』 雨音の言葉に、俺達は思わず声を漏らした。 ……まさか、忘れちまったのか? さっきまで普通に出来てたのに………。 「……ゴメンね」 「あっ、謝る必要なんてないわよ雨音!他のやればいいじゃない。どうせババ抜きしても、心一が負けるだけだし」 そう言って夏はニヤリと笑って、俺の方を見た。 「うるせぇよ夏!じゃあアレだ!七並べで勝負だ!七並べわかるか雨音?」 「うん♪わかるよ♪」 「よっしゃ!そんじゃあ配り直すぞ!」 そう言って俺は改めてトランプを配り始めた。 内心、俺は泣きそうなくらい辛かった。 さっきまでやってたババ抜きをいきなり忘れてしまったように、そのうち俺が何気なく話しかけたら、『誰?』と聞き返されてしまうのだろうか……。 そう考えただけで、頭の中は雨音との思い出で一杯になっていた。 忘れて欲しくない。 例えいなくなっても、俺の事を覚えていて欲しい。 そんな事を考えている間に、俺は七並べでも惨敗していた。
/246ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18310人が本棚に入れています
本棚に追加