愛しい人

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その後、俺は何をする訳でもなくその場にいた。 何かしたいのに、何もできない。 そんな自分の無力さを噛み締めながらも、俺はずっと雨音の手を握っていた。 『病気なんて消えちまえ』と祈りながら、ずっとずっと握っていた。 夏も官九郎も、雨音のお袋も寛七先生も、雨音の周りに座りただただ黙って祈っていた。 ……一体どれだけ時間が経ったんだろう? ふとそう思って時計に目をやると、時間は既に11時。 残り1時間………時間が経つのが早すぎる………。 雨音の様子はというと、顔は完全に無表情でかなり前から言葉を発してない。 おそらく感情がなくなり、言葉の発し方も忘れてしまったんだろう………。 体はベッドに横になった状態で、ピクリとも動かない。 正確には、動かせないんだろう………。 「………き……」 何の前触れもなく、雨音が小さな声でそう言った。 その小さな声に反応して、俺を始めとする全員が伏せていた顔を上げた。 「………き……」 「『き』?『き』ってなんだよ雨音?」 「………き……樹………見たい………」 ……樹? ……神愛樹の事か? 「雨音、神愛樹が見たいのか?」 俺がそう尋ねると、雨音は無表情なまま小さくコクリと頷いた。
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