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半分程に減ったであろう、ビールの缶を弄びながら早川は笑う。
『ああ、鍵ね』
あの時、父と早川には相通ずるモノが確かに存在していたはず。全てを語らずとも、父は早川の意志を理解していた。
『お前はあれを読んで、何とも思わなかったか?』
『じっくり読んだワケじゃないし……』
缶の底に残っていたビールを、喉を鳴らして飲み干した早川は、大きく息を吐き出す。
『確かに書類の上では、限りなく実現可能に見えるんだよ。そのつもりで作ったからな』
少し得意気に鼻を膨らませ、言葉を溜めた。
『だが……例えば、中田や伊東にあれを読ませたとしても……100年かかったって実現はしない』
いつしか私は、正座をして彼の話に聞き入っていた。
『どんなに素晴らしいプランを描いたところで、相手は書類だけで判断しないのは解るな?』
私自身、それは身に染みている。
『理念とシステムは車輪みたいなモンだ。一回動きだせば、後は勝手に転がる……じゃあ、最初にそれを押すのは何だと思う?』
欲望まみれだと考えていた父の理念は、早川の考えたシステムで、大きく形を変えた。
私から見れば、その姿は無敵で、他に必要な要素が見つからない。
『最初に車輪を動かすのはさ……人間だよ』
人間……中田や伊東には不可能で、父や早川には見えるモノ。
『プランを理解し、賛同したとして、決断するのも人間、させるのも人間だ』
あ!
『働くスタッフも、運用する企業もだ』
私にも、ようやく鍵の意味が理解できた。何度も何度も、彼が私に教えてくれた極意。
『話し合いや検討は、会議ですりゃあいい。問題はやるかやらないか、結論だけを追求する覚悟だ。つまりは……』
『取引したい気にさせる力、焦らせる位で調度いいと思う覚悟! でしょ?』
優しい微笑みで、私の回答が間違えていないのを、早川は教えてくれる。
彼は、父に償いを求めなかった。願ったのは、かつての様に光輝く姿。
「楽勝だ」
父は言った。
早川の刃は、父に本来の生き様を思い起こさせたのかも知れない。
ギリギリだなんて嘘。今夜、彼が父を乗り越えるのは、最初から決まっていた……。
『早川さん? 私、ここを出ようと思う』
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