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奇妙だった。他にも少し先に空き家はあるのに(ここほど立派でも荒れてもなく廃墟というには心許ないけれども)、私は男の言われるがまま家に侵入した。無言で何をするでもなく座っている男と同じ部屋で私も動けずにいた。
歳は20代中頃だろうか、薄暗い中でも彼が不良でもない普通の男だと確認できた。何故彼はここにいて、何をしているのだろう。我慢ができずに私が先に声をかけていた。
「あなたの用事はなんなの?そして何をしているの?」
静かに丁寧に男もこたえた。
「何をしているでもないけれど、こういう人がいないのに人がいた空間が好きなんだ。落ち着く。」
「ごめんなさい。私がいたら人がいる空間になるわね。」
「いや、構わない。多分それはお互い様だろう?君もここが好きな筈なのにさっきからそわそわしているよ。そろそろ帰るからゆっくりしてよ。」
「そんな…」
「遠慮したり譲り合ったりしてもお互い求めているものから外れるよ。片方が我を遠そう。」
男は笑って立ち上がった。窓から溢れる月明かりに白くて華奢な肌が見えた。全体的に細いその身体は不健康な色気を感じさせる。
「待って。少し話をしない?目的からそれるけれど、あなたが苦痛じゃなければ。」
ありがとうと男は腰を戻した。私も向かいの席の椅子を引き座る。
「何の話をしようか。」
「あなたがここで落ち着きたいと思っていた理由を聞きたいわ。」
「随分ストレートだね。その話の前に君も同じ話をするって約束してくれないか?」
「勿論。」
男はテーブルにタバコの箱と携帯灰皿を置き、大丈夫かと訊いた。私が頷くと男はタバコに火をつける。小さな炎の向こうで割りと整った顔が見えた。それを確認したあと、私は随分会ったばかりの男に関心を持っていると気付いた。
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