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私は、今度こそ本当に驚く
私すら認識していなかったことを、詞澄は見抜いていた
そして私の中に、悲しい確信が生まれる
私や父の跡をついでくれるのは、詞澄しかいない
私はゆっくりと、詞澄から離れる
するりと腕をほどき、さりげなく尻ポケットへと近づけた
「…なんで、父さんを殺したんですか。あんなに、父さんはチリ兄の事を愛していて、チリ兄だって…」
「そうだよ。私は父様を愛していた。愛するが故、この手にかけた」
詞澄はぐっと息を飲み、苦い顔をする
「孝秋になんか、あの人を殺させてたまるかと思って。先に私は薬を盛った。詞澄の持っていたサンプルを」
そう言った途端、詞澄はいきなり叫びだす
「何でなんですか!愛しているなら、なぜ…!」
「…詞澄も、愛する人を見つけたなら分かるよ。その人を独占したいと、そう思う願いの先にあるものを」
私の、そのしらけた素振りの声を断ち切るように
詞澄は叫び、私の手を取る
「愛する人ならいます!でも、僕はその人を、間違っても殺したいなんて、チリ兄を殺したいなんて思わない!」
途端、私は詞澄の
その力強い腕に抱き締められる
「僕はチリ兄が好きです!ずっと、ずっとずっと前から。好きなんです!だから、だから僕は、チリ兄にこれ以上、罪を重くして欲しくない!」
私は、詞澄のその心地よい腕の中で思った
ああお前は
なんて優しい男だろう
なんて力強くて綺麗で繊細で
青臭くまっすぐで、美しい
もっと早くに、この情動をぶつけられていたら
またはあの夏の日、禁断の、例えるなら十三番目のマリアの扉を開けなければ
私はこの呪いのような愛に囚われず
詞澄や、誰か綺麗で清楚なお嬢さんでも好きになっていたかもしれない
私は父さんを殺さずにすんだかもしれない
だけど全てがもう遅い
私の手は
二度と元には戻らない
染まったのは、金でなく、血
私は、尻ポケットからそっとあれを取り出し
詞澄の脇腹に突きつける
「…チリ、にい…」
「顔をあげたまま、手も顔の横にあげて、三歩後ろに下がって」
詞澄は黙って、従う
私も素早く、詞澄から距離をとった
とそこで、詞澄は私の手の中にあるものをみる
「チリ兄…」
微笑む私の手には、なんの変哲もない、その辺の安っぽい櫛が握られていた
「私が、お前を傷つけるわけ無いだろう?」
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