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私の顔から自然な笑みがこぼれそうになる
しかし私はそれを、口角を上げる程度にとどめた
「父さんの事は全て、チリ兄が管理していたでしょう?仕事のスケジュールに病院や面倒な書類の手続き、介護や食事、薬の管理だって。父さんはチリ兄以外には触らせもしなかった」
詞澄は信じたくないとでも言うように頭を振る
「チリ兄の管理している物です。他の人が手を出せる訳がない。だから、父さんの薬に、僕のサンプルの薬を混ぜられるのは、チリ兄しかいないんです」
悲しそうな目をする詞澄を
私は柔らかく微笑んで、その頭を撫でた
詞澄は、自分が殺人者だと言った者の手だというのに、まったく拒まない
「…怖いことって、こういう事だったんじゃないのか?」
私は、優しく優しく
詞澄の首に手を這わす
本当は、詞澄に部屋に呼ばれた時から
こうなることは予測していた
なんていったって
この私が見込んだ、優秀で悟い弟だ
この程度分からない訳がない
怯えたような様子も、殺人を犯した人間を相手にするのが怖かったからだろうと思っていたが
私の親指がそっと、喉笛を押しても
詞澄は私から目をそらさない
「…違います」
詞澄はそっと、私の首にかかった手を取る
少しも本気ではなかった手は、するりと容易にはずれた
そして、詞澄は力強い声で私に言った
「自首してください」
詞澄はじっと、綺麗な目で私を見る
「僕はそれを言いにきました。今ならまだ間に合います。チリ兄、自首してください」
私は眩しい物でも見るように目を細める
そう
詞澄はいつでも
純粋で正しい道を行く
できれば一生、この大きな手を汚職にまみれた王座になど
つかせたくはなかった
「僕が怖いのは、チリ兄が遠くへ行ってしまいそうな気がしたからです」
「……遠く、とは?」
少し、予測とは違う答えに、私は問いかける
詞澄はしばらく黙っていると、ゆるく頭を振る
「…わかりません。ただ」
詞澄が眉間に皺を寄せて
悲しそうにいう
「チリ兄が徹底的にやらない事がある時は、大抵僕やタカ兄に花を持たせて、自分は離れたところでただ見ているんです。わざと手を抜いて、僕らを優先させる…昔からの、チリ兄の癖です」
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