夢見るように

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目の前にある白い紙が、みるみるうちに黒い線の集合体にうめつくされていく その紙の上を 滑るように 時に迷って 緩慢に 俊敏に 動く白い手は 俺の恋人のもの -夢見るように- 絵を描く行為ってのは、それほど楽しいものなのだろうか そんなことを、目の前の細い男に言ったことがある はっきり言って、めろっめろだ 断言されたその言葉に、もの凄く打ちのめされた事を よくよく覚えている 絵とはいえはっきりと俺よりも立場が上な物があると、かりにも恋人に言われたのだ ダメージは致命的だ そう、絵とはいえ、これは浮気宣言だ こいつの彼氏として、それは許してはならない しかし、こいつから絵を取れば 間違いなく死んでしまいそうだからタチがわるい 空気にでも嫉妬しているみたいだ 無ければこいつは存在しない 憎むべきか憎まざるべきか そんな、無条件にこいつの存在条件になれるようなものを いったいどうすればいいのだ、これ以上 ――と ぐだぐだ考えている間も 真っ白な紙は徐々に黒で埋まっていく それは緻密で繊細に、一本一本並んでおり こんなのに勝とうなんてそれこそ無謀に思えた それをその白い指先から生み出しているのは 井元街といった 最初に名前を『マチ』と読んだらぶん殴られた 後に、真っ赤に腫らした頬をさすりつつ聞いたところ、本当の読み方は『カイ』というらしい ベーカー街っぽいな、と呟いたら 今度は殴られず、濁点ついてるだろうが、と笑われた 年は華の二十代 職業は、一言で言えば『絵描き』 しかしその描く絵というものが、非常に様々あり、まったく一貫性がない 絵画をぺったらぺったら描いたと思えば、パソコンに向かいこてこてのアニメのような絵を描き、かと思えば公園に似顔絵を描きに行き、次の日には真剣な顔して日本画に向き合っている そして、街という人物の才能が その、絵を描くことに関する全ての物に すべからく等しく如何なく発揮されていることが、この場合凄いことだ 絵画だろうとアニメだろうと、頼まれれば何でも描くし、デザインする イラストレーターから日本画絵画までを幅広く手がける絵描き それが俺の恋人 両者共に男であるが まあそこはそれ 俺の性癖なぞ栓ない事 ここでは省くことにする ともかく俺は、幼なじみという関係から 街と恋人になり もうすぐ一年が経つ
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