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生まれてこのかた、こんな綺麗な顔見たことない
美術品を愛でる心など持ち合わせていない俺でも、それはもう神々しいまでに輝いていた
まぁ、そんな俺の密かな楽しみ
もちろん、街に言えば殴られること必須なわけで黙っているが
それが思わぬところで、世間に露呈する事となった
「…気に食わん」
ぼそりと愚痴った俺が座っているのは、ホテルのベッドの上
もちろん、もれなく頭にラブがついてくるものではなく、普通のホテルだ
何故そんな場所に居るかと言うと
それはさかのぼること数日前
『…おい。今度の休み、温泉いくぞ』
『は?何でまた、急な…』
『取材があんだよ…それがまぁ、ちっと面倒だから?迷惑賃に、おーんせん』
『そらありがたいけど…面倒って?』
『絵、描いてる時の俺を撮りたいんだと』
『……は』
『んな顔見たいと思うなんて、どんな神経してんだ…なぁ?』
同意を求めるそれに、返事はできなかった
その後、反論したことでうっかり、俺の密かな楽しみまでばれてしまい、しこたま殴られたのだが
街は取材を断ることは無く、しぶしぶついてきて今に至る
街は持ってきた画材道具を、柔らかな布地のカバンに詰め直す
取材に必要なものは画材道具だけなので、大きめの旅行鞄には着替え等だけが残る
「くそう。俺だけの楽しみだったのに」
ぶつくさ言う俺を街はあくまで容赦なくぶったぎる
「まぁだ言ってんのか。殴るぞ」
「でぃ、DV!DV!」
「黙れ」
俺はむくれて、ベッドに倒れこむ
街はまだ、黙々と作業を続けていた
街の特徴は、この素敵なまでに他人に冷たく暴力的なところであると俺は思う
暴力ったって、それこそDVなんて域にはいかないのだが
それでも、だ
「愛がさ…愛が感じられないのだよ…」
はあぁと落ち込み、清潔なシーツをいじいじといじったその時
「ああああっ!」
いきなりの耳をつんざかんばかりの絶叫に、俺はベッドから転がり落ちそうになるのをなんとかこらえた
「な、なんだ?」
あのクールで氷点下でブリザードな街が絶叫なんて
珍しいこともあるものだ、と
俺は固まったままの街の手元を覗きこむ
「…画用紙…忘れて、きた…」
かすれた、街の絶望的な声
確かに、街の手元にも鞄の中にも、紙の束は見つからない
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