夢見るように

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街は呆然と立ちすくみ、そしてしばらくしてはっと我にかえると、鞄から何から全部ひっくり返さんばかりに、どこかにあるかもしれない紙の束を探しはじめた しかしそれでも、画材やなにやらを乱暴に扱わないのはまったく街らしい 「…無い…無い…なんで…そんな…どこだ…なんで…」 ブツブツと不気味に呟きながらあっちこっちめくったりひっくり返したりしている街からは、理由こそ下らない(と口に出したら半殺しだろう)ものの、鬼気迫った凄まじい迫力を感じた 別に画用紙は取材に必要な訳ではない なら何故こんなに街が必死になっているかというと、街はアイディアが浮かんだらその場で書き留めないとすぐ忘れてしまうため、片時も筆記用具と紙を離さず、身の回りに置いておくからだ それがどこであっても、移動中でも、もちろん旅行先でも 街はもう、画用紙を諦めて、ホテル内から紙を探そうとしていた 部屋に備え付けの化粧台の引き出しを引っこ抜くように荒らすのを、俺は慌てて止める 「どうしよう…いっそトイレットペーパーとか…いやいやさすがに…」 「あーあー、もう、いったん座れお前。後で売店見てきてやっから!」 俺はいまだブツブツ言い続ける街を無理矢理椅子に座らせると、備え付けの茶葉と急須を手にとった そしてポットからお湯を入れ、手早く煎茶をいれる 「あー、ほれ。これでも食って、な?落ち着け」 俺はお茶と一緒に置いてあったチョコレートの粒を一つ、街の前にお茶と一緒に置いた 街は最早何かの呪文にしか聞こえなくなったブツブツをいったん止め、お茶をぐいと飲んだ 「……何これ、持ってきたの?」 まともに喋れるくらいには落ち着いただろうか、と俺はチョコレートを摘まむ街を見て一安心した 「や、お茶についてたいっぱい。季節が季節だからかね」 「…なるほど」 バレンタインか、と街がぽそりと呟く 個別包装されたそれはハート型で、いかにもといった様相だ お茶をつぎたそうと伸ばしたポットの隣には、まだ籠にたくさん詰まったハート型チョコレートがある 「…あーあ…いつもの筆記用具もインク切れで、予備のだし、お気に入りの画用紙はないし…ああ…ああもう…うあ…」 街がへなへなとテーブルになつく その柔い髪を、俺はよしよしと撫ぜてやった
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