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街は俺の手から、少量のお湯の入った湯飲みをひったくると、ばきばきと割ったチョコレートを入れ、人差し指でかき混ぜはじめた
「…な、なにしてんの…?」
「だぁってろ糞ハゲ死ね」
なんだこの罵られよう
さすがに俺だってへこみますよ街さん
全身から、『話しかけるなオーラ』を出しはじめた街に、俺は何も言えなくなる
街は、チョコレートが溶けて液体になったところで混ぜる手を止めた
(あ、あの顔)
ふ、と
街の顔つきが変わった
いつもの、絵を描くときの
夢見る顔
街はチョコレートのついた人差し指を、地面と平行に上げた左腕に
ついぃ、と滑らせた
みるみる描かれていく、茶色いライン
太く細く、強弱をつけて
街は、自分の体をキャンバスに
チョコレートのインクで
絵を描いていた
(…こ、これは…ありなのか…)
白い滑らかな肌に次々と引かれていく曲線
徐々に街の体から立ち上る、むせかえりそうな甘い匂い
そしてそれを描き、指を導く、街の顔
正直それは、ただ黙って直視するには、あまりに辛かった
理性が悲鳴をあげている
神経が焼ききれそうだ
後で半殺しにあってもいい、今すぐ飛び付きたい
だけど邪魔したら街は怒る、ものすごく怒る
俺の脳内では、非常にベタに、天使と悪魔が喧嘩していた
そうこうしている間にも、街は、腕だけでは足りなくなったのか、二の腕をさかのぼり、指を胸まで持ってきた
(その仕草にまたぐらりときて、脳内悪魔の右フックが決まった)
街は、乾きかけて伸びないチョコレートにいらだちながら、チョコレートの張り付いた指をなめる
(またしても、悪魔のアッパーが綺麗に入る)
そして、とどめとばかりに街は、イライラしたように目をすがめ、首にラインを引くために、その細い首筋を、頭をそらして日の下に惜しげもなく晒した
(悪魔のジャーマンスープレックスが決まった)
俺は脳内で何度も街(と天使)にごめんなさいを言った
少しだけ、少しだけ触ることにした
ほんの少しだけ
ちょみっと腕に触ったりするだけだ
俺はそんなふうに自分に言い訳をしながら、自分の体に絵を描くことに夢中の街に、ゆっくり手を伸ばした
鼻腔に、甘い香りが広がる
腕はもうすぐそこだ
しかし、あと腕まで五センチ、というところで
「作り足せ!」
街の怒鳴り声にびくりと止まった
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