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平日の午前十時の車両内は思いのほか空いていて、私たちは六人掛けのシートに並んで腰を下ろす。
規則正しく揺れる車内はとても穏やかで、ラッシュ時の殺伐とした雰囲気や、息の詰まる淀んだ空気とは無縁の世界だった。
――普段から使っているはずの電車なのに、乗車時間がちょっと違うだけで、こんなにも印象が変わるなんてなぁ。
細く開かれた窓からの風が、どこか懐かしい夏の匂いを運んできてくれた。
その匂いに、小さい頃の遠足での思い出がふいに蘇り、自然と顔がほころぶ。
「何か、良いことでもあったみたいだな」
その声で我にかえると、隣に座っている佐藤君が笑顔でこちらを見ていた。
あのね、かまぼこ工場に行ったんだ。なんて言えるはずもない。
そんなことを混乱しながら考えていると、佐藤君が再び口を開いた。
「……今更だけどさ、紺野はこれで良かったのか?」
佐藤君の言葉に、一瞬だけ彼から目を逸らしてしまいそうになる。
が、その前に口が動いてくれた。
「自分で決めたことだから、佐藤君たちは気にしないで。それに――ううん、何でもない」
佐藤君はいまいち腑に落ちない顔をしていたが、奥に座っている小川君に呼ばれると、中吊り広告の水着の写真について二人で熱い議論を繰り広げていた。
そんな様子を横目に、私は外の流れ行く景色を眺めた。
――それに私には、確かめなければならない、とても大切な事があるの。
自分の目で、耳で、確かめなければならない。
そう、あの日に決めたのだ――。
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