薺華(せいか)

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「残念ですがおそらく、どちらかは助からないでしょう」 無感情に、まるでそこに俺などいないかのように、医師は告げた。 「ど、どうにもならないのでしょうか?」 「我々ではどうしようもありませんね」 それを聞き、医者に礼だけ告げ、部屋を後にした。冷たく冷めた、白一色の廊下をふらふらと歩く。妻は生れつき体の弱い人で、出産の負担に堪えられない可能性は最初から指摘されていた。覚悟はしていたつもりだった。思い知る。人の死とは、覚悟のできるものではない。 『柊忍(ひいらぎしのぶ)』 そう書いたプレートの部屋。気付けば既に妻の個室の前についていた。 「はあ……」 中に聞こえないように溜息を一つつき、気持ちを何とか切り替える。さあ、ドアを、なるべく急がずに開け、表情は明るくして、明るい声で話しかけよう。心配をかけないように。 「忍、ただ……痛~?!」 しかし、ドアを開けたとたん、顔に飛んで来たなにかが、その考えを中断する。拾いあげてみるとそれはスリッパだった。 「あ、ごめん、一弥(かずや)、貴方だったのね。ドアの前にたったままなかなか入ってこないから変な人かと思ったわ」 ベッドに座り、忍が笑いながら謝っていた。……嘘だ。これで5回目だ。しかし、どうしていつも表情に困っているときがわかるのだろうか。結局、救われているからいいのだが。 「ごめんごめん、ちょっと考え事をね」 おかげさまで、今日も難無く笑って話しかけることが出来た。 「あ、スリッパ、持ってきてね」 「おう、まかせとけ」 足元のスリッパを拾いあげ、持っていくと、そのままベッド横の椅子に座る。 「私、助からないって?」 「え……」 座った瞬間に聞かれて、スリッパを手からこぼした。 「一弥はね、思い詰めると髪をかきあげたまま斜め上を見るの。ドアに窓あるでしょ?いっつも影でバレバレなんだから」 外の風景を眺めながら忍は笑って言った。そんな癖が自分にあったとは知らなかった。 「いや……ちが……」 声を聞いてすぐ俺の顔をじっと見つめる忍。嘘もわかるのだろう。そんな気がした。 「そうだよ、そういわれた。でも、俺は諦めないよ!がんばろう」 「あはは、ありがと、心強いよ。でもね、この子を授かったときに覚悟はしてたから、あたしはそうなっても産みたいんだ」
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