薺華(せいか)

3/14
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
彼女の目には強い意志が宿っていた。最初から忍は死ぬのを覚悟していたんだ。それに気付き、今まで覚悟したつもりでいた俺は、急に自分が無力に思えた。 「落ち込まないでよ、一弥がいてくれたから頑張れたんだからね!」 何故俺が励まされているんだろうか。今1番辛いのは忍のはずなのに。笑顔で励まされているのは俺じゃないか。これじゃダメなんだ。元気を出さなければ。 「ごめんごめん。……あと、ありがとな」 「何、いきなり、変なの」 「へ、変は酷いだろ!」 そこでようやく、二人で笑いあえた。忍はまた窓の外に目をやる。今は一月。ちらちらと雪が舞っていた。ふっと、忍が話し出す。 「一弥、仕事、大丈夫?最近よくこっちに来てるけど。無理してない?」 よく、というか毎日だ。たまに忍は寝ていて知らないときもあるが。 「大丈夫、いつも来てるのは昼休みの間だよ。でもそろそろ行かなきゃいけないな。入社したばかりだから遅れたりしたら大変だからさ」 俺達は23歳。今年結婚したばかりだ。人生これから。そんな年頃。……だけど忍は、死と向かい合っている。人生は何でこんなにも不平等なのか。 「あ、ほらほら、また辛そうにする!これじゃあたしより一弥が病気だよ。そうに違いないわ。先生が見てあげます」 また落ち込み、俯いて、拳を握りこんでいた俺に、忍がニヤニヤしながらにじり寄ってくる。そして…… 「いってらっしゃい。お薬効くはずよ、たっぷり処方しておいたから」 軽くキスをしてからそういった。一瞬呆気に取られてしまったが、時間も来ているし、元気も出たので、立ち上がる。そして、ガッツポーズを作り 「ああ、いってくる!」 「行ってこい、新人!」 何とか笑って部屋を出ることができた。 「ありがとう」 俺はドアを閉めてから、優しくつぶやいた。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!