薺華(せいか)

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俺は少しためらってから、医者の話と話す態度への怒り、忍の覚悟と俺の覚悟の違い、そして自分のふがいなさ、そのすべてを話した。先輩は、届いた食べ物に手も付けず、真剣に聞いてくれた。いつしか話は俺の、俺に対する愚痴になっていった。 「あいつが妊娠したとき、危ないって知りながら、あいつが産みたいって言ったから、軽く、いいよって言ったんです。その時、絶対後悔しないって、どんな結果も受け入れるって考えたつもりだった。でも実際現実が迫って来たら、やっぱり受け入れられなくて、辛いはずの忍にいつも支えられて、自分は全然あいつを支えてなくて、許せないんです、自分が!」 「か、一弥君?いったん落ち着こうか」 俺は半ば叫んでいた。回りは皆こちらを見ていて、店員もこちらに注目していた。 「す、すいません」 「今からあたしが話すこと、内緒ね?いい?」 「……はい」 先輩は水を貰い、それを少し飲んでから、ゆっくりと話し出した。 「あの子ね、あたしによく夜電話してくるの。何だと思う?」 「……わかりません」 「一弥会社では大丈夫?落ち込んで仕事してないとかない?毎日来てる?って。馬鹿よね、自分が一番苦しいはずなのに、いつもあんたのことばかり。一回ね、言ってみたの。自分のことは話さないのかって」 箸の入っていた袋をいじりながら、ただ思い出すように続ける。 「そしたらさ、あたしのことはいいの、って。いつも一弥が心配してくれてるからお腹いっぱいです、だって。それがまたうれしそうなんだ。あ、あんた、髪かきあげる癖あるでしょ?」 「あ、らしいです」 今日知ったのだが。 「それみるとさ、あ、また考えてるな、って思うんだって。愛されてるなって感じるんだって。あんたさ、無力なんかじゃないんだよ。十分力になってる。覚悟?そんなもの、忍にだってないんだよ。我が子の顔も見れないかもしれないんだよ?でもね、それでも、二人の絆を残したいんだって。死ぬ以上にそうしたいんだって。そう思わせてるのはあんただよ?それでも無力?」 先輩は涙を堪えているようだった。最後に、声の震えを押さえて言う。 「あんた、あの子の夫なんだから、それくらい……わかってやりな。あの子の唯一の悩みはね、あんたがいつまでも自分のせいでいろいろ引きずることだって言ってたよ」 それっきり、先輩は完全に下を向いてしまった。
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