東京日比谷物語

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――明治19年、帝都―― ――年が明けて、窓からは淡く白い雪景色が広がるのが見え、寒さに手足が縮こまるような季節…… しかし今日は、薄く日が射す、小春日和でございます―― 「……菊子さん、ピアノのお時間はおしまいですよ」 「……はい、お母様」 優しく声をかけられて、菊子はお気に入りのピアノの鍵盤に、深紅の柔らかい薄布をかけ、ゆっくりと蓋を閉めた。 そして、足が床に届かない高い椅子から、踏み台を使ってこれまたゆっくりと降りた。 「また、明日ね」 菊子はそう呟くと、床から自分の頭の高さほどあるピアノの蓋を、愛おしそうに撫で、ピアノが置いてある部屋を後にした。 ――これが、菊子の物心がついた頃からの日課である。 ピアノは気がつけばいつも一緒だった存在で、鍵盤を押して響きの良い打楽器の音を出す度に、菊子はピアノが大好きになった。 それで、ピアノの練習時間が終わると、菊子はいつも寂しくて堪らなかった。 「……もっと弾きたいなぁ」 それは、広い居間のソファーに座って、ピアノの次にお気に入りの熊のぬいぐるみをずっと抱っこしていても、全く変わらない。 →Next
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