裏切りの発端

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 丁度その日も、起きてみると妻は出掛けていて留守だった。 買い物にでも行っているんだろう。  思わず手に取ったその青い俺の携帯電話は、妻の物とは色違いで同機種のものだ。  これくらいはお揃いでもいいわよね、とらしくもなく同じ日に揃えたこの携帯で、甲斐甲斐しく他の女性と連絡を取り合っているとは夢にも思っていないだろう。  …何度も言うが、そんなことをするつもりはなかった。 裏切るつもりなんか、なかったんだ。  ただ長年連れ添った口うるさい妻と、猫のようにすり寄る年下の奈津子とでは、比べるまでもなかっただけなんだ。  そして今日もまたこの休日を利用して、俺は奈津子にメールを送る。 「今忙しいか?妻が出掛けてる、会えないか?」 …と。  送信したらすぐに送信ボックスを開いて消去するのも日課になっている。 妻と離婚するつもりはないから、うまくやるのは当然のことだ。  愛ではない、面倒だからだ。  奈津子からの返事はすぐに返ってくる。 万が一の為に、奈津子からのメールや電話が来たときは画面に○○商社の文字が出るように設定してある。 ○○商社の名前を一瞥してふっと口の端を歪めると、俺は躊躇わずにメールを開いた。 「独身の私は気ままなものよ、すぐ出れる。いつものとこでいい?」  二度程奈津子からのメールを繰り返し読むと、安堵の溜め息が自然に漏れる。  妻が帰ってきてもし俺が家にいなくても、あいつは何の不信も抱かないだろう。 出掛ける際に置き手紙を残していくのだって、妻にとってもとうの昔の話だ。  じゃあ一時間後に、と素早く返信を済ませると、俺はいそいそと着替えを始めた。
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