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蝋燭の炎は血を焦がし、黒い煙を立ち上らせた。
煙は明白な意思があるかのように、一所に集まり始めた。その様を眺める男の瞳は、もはや正気ではない。
煙は天井に向かって伸び上がり、何かを探すように体を揺らす。
「いや……!!」
小さく叫んだ姫君の声が聞こえでもしたか、煙は突然、動きを止める。
荒い呼吸をしながら、姫君ははっと口を閉じた。声を出してはいけない、と本能が告げたのだ。
しかし、遅すぎた。
煙は尾を引きながら、ぐいぐいと姫君に近づいてゆく。
そして、口を探すように顔の上を二往復した。
唇に滲む血が、きつく閉じた口から口内に流れ込んだ。
それに引き込まれるように、悪しき煙は姫君の唇に近づいた。
「――――!!」
煙には手などないのに、姫君の口がこじ開けられた。
祭壇を背に眺める男の口が、歪んだ笑みを浮かべた。
煙は姫君の口に侵入し、苦しさに咳込む彼女を無視して、喉の奥を突き進む。
窓から吹き付けた風が蝋燭の炎を消し、三日月の光だけが室内を照らす。
煙は泣き叫ぶ姫君の喉を通過し、腹に収まった。
悍{おぞ}ましいものを飲み込んだという嫌悪感。
姫君の瞳から溢れる涙が、月明かりに輝く。
傍らで見守っていた神官達が、恐る恐る姫君に近づき、拘束を解いた。
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