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姫君は反転して俯せになり、嘔吐した。
あの煙さえ吐き出さんと、肩を上下させながら。
――――だが、胃の中が空{から}になっても、煙だけは“そこ”に居た。
胃ではなく、下腹部に居た。
何年も前から、そこに居ることが義務付けられていたかのように、居座っている。
「出ていって、化け物!!」
長い銀髪を振り乱し、姫君は叫んだ。
「わたくしを返して!!」
――――ドンッ!
突然響いた、雷鳴にも似た音に、姫君は耳を塞いだ。
ドサッ。
何かが床に倒れる。
姫君は辺りを見渡し、ぎくりと息を呑む。
月明かりに朧に照らされた床には、黒焦げた死体が転がっている。明らかにそれは、先程の神官のものだ。
「な、に……」
「――――成功ぞ」
男が呟く。
「成功したぞ!」
男は大股で姫君――――シュミナに近づいた。
「シュミナ、我が妃よ。我の世継ぎを産めぃ」
「………!」
直感した。先程の煙が、どう“為る”のかを。
「そ、そ…そんな……っ」
男は―――ルナルガンは満足そうに笑った。
「いずれ隠せなくなろう。そうしたら国民にさえ発表しようではないか」
ルナルガンは歌うように言った。
「我が妃が子を為した、とな」
窓の外には三日月があり、絶望に凍り付くシュミナの銀髪を、美しく輝かせていた。
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