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なんで俺はこんなところで月を見上げているんだろう。
いつの間にか、この行為は、俺にとって当たり前のものになっていた。
きっかけは、もちろん紗香だったけど、今となっては、この時間自体を、自分が望んでいた。
ときには、何も考えないで、月を見上げて、ときには、いろんなことを考えながら月を見上げる。
それは、今までにない、価値のある時間だった。
ただ、残念なのは、隣に紗香がいてくれないことだった。
俺は、本当に、毎日のように、紗香と出会った場所にきていた。
でも、あれから、もう1ヶ月が経とうとしているのに、一度も紗香は姿を見せなかった。
「今日も駄目か」
俺は、ため息をついてから立ち上がった。
そして、土手をのぼろうとしたとき、
「また会ったね」
嬉しそうに笑う、紗香がいた。
相変わらず、綺麗だったけど、何かが変わった気がした。
何か、鋭さのような、危うさのようなものを感じていた。
少し、痩せていたからかもしれない。
でも、俺にはそんなことどうでもよかった。
「また、一緒に月を見ようか」
「いいよ」
紗香は、そう言うと、俺の隣に座った。
暗い夜空に浮かぶ月は、いつもより美しく見えた。
しばらくそうしていると、雲が月を隠してしまった。
そのとき、
「月は不思議。憎しみや怒りみたいなものを感じるときもあれば、寂しかったり悲しかったりするときもある。だけど、ときには、踊りだしたくなるような月もある」
紗香は呟くように言った。
雲で月明かりが隠されているせいで、顔はよく見えなかった。
ただ、正直俺には、よくわからなかった。
ずっと月を見続けたけど、紗香が言うような気持ちになったことはあまりなかったから。
そのとき、いつの間にか、雲が無くなり、月の明かりが俺たちを照らした。
「今日はどんな気持ち…」
そう聞こうとして俺は、言葉を失った。
紗香の頬を、涙が伝っていたから。
俺は、突然のことに何も言うことができなかった。
しばらくの沈黙が続いた。
その時間は、妙に長く感じられた。
「今日は、凄く楽しい気分だよ」
紗香はきっと何かを隠してる、そう思って、俺が聞こうと、顔を見たとき、紗香は涙をうかべた、真剣な目で俺を見ていた。
それは、まるで何も聞かないで、そう言っているようだった。
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