EMBALMING...10

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「ガチャッ」 扉を開けて春海が入ってきた事で外がすっかり暗くなっていることにやっと気がついた。 『悪いな。欒、終わったぞ。ついて来い。』 荷物をそのままにして彼女に少し目をやると 彼女は笑顔で 『行ってらっしゃい。』 と送り出してくれたので軽く頭を下げ部屋を出た。 廊下が長く感じたっけ... 一度左折し右側奥の部屋へ付いた。 『遺族へは明日の通夜迄に引き渡す事になってる。これが俺の仕事なんだ...』 と、扉を開けた腕の先にあったのは 2人の親子だった。 とても安らかに微笑んで... 頬はうっすら色付いたまま まるで 眠っているかの様な... 遺族に渡された白いフリルのブラウスと 綺麗にセットされ緩く巻かれた髪をくすぶって微笑む母親の姿 そして、 七五三の小さなタキシードを纏った息子の姿。 そうか...お前..そんなに小さかったのか...... 二人共胸で手を組み合わせ十字架を握っていた。 傷痕1つ見当たらない綺麗な寝姿で 幸せそうに微笑んで.... 俺は...こんな... こんなに綺麗に微笑む母親の顔を見た事が無い...... なんて暖かく... なんて優しいんだろう... その膝にすがりつき泣いてしまいたい... そんな姿だった... 俺は初めて母親という者の姿を見た。 そして、それを教えてくれた彼女は もう二度と目を覚まさない女神の様に羽ばたいていった。 春海は 満足した言葉と 俺を気遣って 『まだ薬品の匂いが残ってるからな...風潮強くするよ』 と言い、 俺は 『ああ。頼む』 と答えた。 俺は...静かに 静かに涙を流していた。
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