EMBALMING...last name

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部屋を出た時にはもう外は明るくなり始めていた。 すぐ前のソファーで明日菜が待っていた。 明日菜『終わったの...?』 震える肩は小さく か細い声は力無く微かに聞こえる程度だった。 彼女も長時間もの間、現実と1人戦っていたのだろう... 欒『終わったよ。もう大丈夫..顔、洗ってこいよ。そんな顔、春海に見せる気か?』 明日菜『そうね...少し待ってて...』 そう言うとおぼつかない足取りで廊下を歩いていった。 煙草に火をつけ 大きな溜め息と煙を混ぜて吐いた。 待っている間に日は登り 告別式を開くよう別室に棺桶を運んだ。 やる事はまだ沢山あるから 俺は充分の時間を貰い我が儘で春海を独占して泣かせて貰った。 明日菜が戻って来て、真っ先に合わせてやらないとって思っていたので 棺桶の前に立たせて蓋を開いた。 春海...これが俺の答えだ。 カタッ.... 明日菜は驚いて口元を覆った。 その後、また涙を流し春海に触れ抱いた。 真っ白なタキシード。 大量の純白の薔薇。 胸元には一輪の真紅の薔薇。 結婚を間近に迎えた2人へと餞だった。 大事そうに抱えていたのは 2人が試着に行った際に撮った純白のウェディングドレスを纏い最高の笑顔を見せた明日菜の写真。 この写真を撮ったのは春海で 前に携帯から送って来ていたものを現像したものだ。 明日菜『有難う...有難う...欒君』 微笑んだ春海は今にも起き上がって 『馬鹿だな、泣くんじゃねぇよっ』 なんて、おどけて見せそうに安らかだった。 『永遠の別れってワケじゃないんだから、ほら、笑ってよ』 なんて...言いそうな... いつもの春海が見えた。 『いいか?人は体と云う器に魂を定着させているんだ。 じゃぁ自分自身、思考を持ち意識を持った自分は体のどこに在るのか、 人間は細胞の一つ一つの集まりで 切り落とした爪に意識があるかもしれない けど失う事なく再生し自我を持たず一部で在り続ける じゃぁ自分は細胞の一部には居ないのか それもまた不思議な線で 名前を呼ばれれば振り返るだろう? それは自分が名前に縛られているから 体と云う器に縛られているから 人間は色んなものに縛られて生きている そして定着させている だから死は解放される事なんだ。 けど死んだからと言って名前は消えたりしない だから呼ぶ声さえあれば 側に居られる。 遺族が居るなら呼ぶ声もある それは幸せな事なんだ』
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