第二章

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 声が聞こえる。気がしなくもない。優子ではない、もっと低い。あたしまだ穴を落ちてるのか?だとしたら、着地の時、ものすごく痛い。お腹の臓器が残念なことになりそう。   「起きろ」  男の声だ。 「おい、大丈夫か?」  肩を揺すられる。あたしは目を閉じて、倒れているらしい。土の匂いがする、落ちたのは夢ではないんだ……体は、どこも痛くない。  すぐに起きたい。けれど、校外学習の疲れが出たのか、横になっていると、楽で、まだ寝ていたい。 「あー、メンドクサっ」  靴音。瞼に光がかかっている。目は閉じているが、男の人が近くにいるのを感じる。そろそろ目を開けようかと思っていたら、ぺちぺちと頬を叩かれた。 「ショック死か」  穏やかではない理由付けに、遂にあたしは目を開けた。勝手に殺されては困る。あたしはまだ若いんだから、そう簡単には死なないぞ。 「よお」  すぐ前を見ると、若い男の人がいた。大学生くらいかな。見た目、あたしよりちょっと年上。髪は染めてないらしく、綺麗な黒だ。合わせて、喪に服したように、上から下まで真っ黒。葬式帰りか、と言いたくなる。 「ええと」  言葉を探る。 「あたしは落ちたんですよね。助けてくださって、ありがとうございます。ここから出口って、どうやったら行けますかね?」  立ち上がって出口を探そうとする。と、男があたしの腕を引っ張た。実に分かりやすいスッキリとした音を立てて、あたしは地面に舞い戻った。つまり、尻餅ついた。 「いってぇ、なんだよ!!」 「勝手に転けたのはそっち」  鼻で笑われる。いきなり手を掴んだのはあっち。あたしは悪くない。 「用があるなら口で言えばいいでしょう!耳はついていますから、言えば聞こえます」 「そう。俺には耳がないから、気がつかなかった」  冗談、というか皮肉を言って男は立ち上がった。 「キティだ」  さっきとはうって変わった笑みがなく、だるそうな男。なんとまあ、可愛らしい名前だこと。仮名だな、馬鹿にされている。 「出口は?」 「出口はいいから、名を名乗れ、馬鹿」  ハイ、馬鹿はこっちの台詞ー、言いたいのはあたしー!! 知らない人に言いたくない。というか、常識的に、信用できない相手にほいほい名を名乗るやつはそうはいない。 「名乗らないと、出口は教えない」  常識が通じない状況らしい。変な維持を張っている間に、捜索願いを出されるよりは……。 「周防聖歌。周りを防ぐで、周防。サトカは聖歌って書いて、サトカ」 「そこまで聞いてない」  思っても口に出すなよ。あたしは、まだほんの少しだけ残っている初対面の人への礼儀で、ぐっと堪えた。 「ここの出口は教えるがすぐには帰れない。まあ、ある程度歩いてもらう必要がある」 「どのくらい、数分?」 「分単位では済まない」 「あたし、運動部なので、体力はありますから。ペースを上げて行けば、時間はかからないでしょう?」 「アリスの冒険は、そんなにヤワじゃないんだよ」 「は?」  アリスって、なにさ。 「アリス?」 「そう、アリス」  初対面の人への礼儀はどこかに飛んでいった。 「さっきから人をなめくさった態度取りやがって。いちいち口調が馬鹿にしてるし、変な名前名乗られるし、こっちが名乗ってるのにアリスとか言いだすし、なんなの、なんなの!?落ちるし、ウサギいないし、最低!!くそ野郎!」 「最低か。今が1番の底辺か。それであんたは俺を殺したいのか?最低だと、あんたは死ぬのか?」 「そこまで言ってないだろ」 「じゃあ、最低ではないし、問題ではない」  決めた、あたしはこいつが大嫌いだ。この先、揺るがない定めだ。 「ご丁寧にどうも。それで、あたしは名乗ったんだ。出口に案内して」 「もちろん」  威張りくさってキティという男は言った。 「さ、進め」  キティが指差した方向にはドアがあった。一応、ここは洞窟だ。どーして、装飾が綺麗なアンティークのドアがあるのかな。 「……馬鹿」    それしか手がかりがない状況に悪態を付いた。そして、言われた通りにドアに向うあたしが馬鹿。 「は?」 「なんでもない」  この先が恋人の丘だったら、もう、笑い転げてやる。  もしかしたら、これは夢。ドアを開けると、目が覚める、とか。都合のいい妄想をしつつ、ドアノブに手をかけてひねりながら、ゆっくりと押した。  あれ、開かない。 「開かない。このドア開かない!」 「引きドアなんだが」 「ばっ、馬鹿野郎!キティさんを試したんだよ。分かってるって」 「そうか」  キティは笑いもしない。いっそ笑ってくれた方が良い。1人で騒いで恥ずかしくなった。 「今度は、引くから」  改めまして、手をかける。ドアノブはひんやりしていて、手の温度を持っていかれる。軽く軋みながら、ゆっくりと開いた。
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