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「分かったよ、キティね。それで鍵は?」
「はいはい」
忘れていたことを思い出したかのように、キティは気だるく答える。あたしとしては、長居はしたくないから忘れるなんて無神経さを疑う。
「はい、は一回。時間の無駄」
「はいはいはいはい、はいはいはい」
こいつ、もう一回閉め出されたいんだな。鍵だけ渡してくれれば、いつでもサヨナラするのに。
「はい、で、鍵」
「ない。だが、きちんと通れるから心配するな」
「突き破るんじゃないだろうな?」
キティはあたしを無視して近くに置いてあったクラッカーを持つ。そしてパアンと引いた。心の準備をしていなかったので、びっくり。
「いきなりクラッカーは心臓に悪い」
「ようこそ!776人目のアリス」
あたしの言うことなんぞ聞く耳持たずで、キティがテンション高めに言った。すぐに一息ついて、あたしを見てため息をついた。
「そういうことだから。アリスでよろしく」
「不満があるのだが」
「そうだよな、惜しいよな。後1人分遅かったらゾロ目だったのにな」
「違う、馬鹿!」
「馬鹿とはなんだ」
勝手にアリスと名付けられたのはほんの一瞬だけで、もう終わった話だったはずだ。あたしは聖歌だ、始めに名乗った。それをアリスで盛り上げられ、定着されても困る。
「帰るためにはアリスでいないといけない。先に進めないじゃないか」
「おかしな理屈だ。アリスである必要性は?」
「そう答えたのは、あんたで31.259人目だ」
「迎えたアリスの人数より増えてるじゃねえか」
「人数なんていちいち覚えてられねえよ」
適当に数字並べたな。指摘しても表情を崩さないキティは、威張りくさって言う。
「嫌なら帰れない、それだけだ」
ここで見放されてしまっては困る。早く帰らないといけない。
「ああ、そう。アリスでもエビスでも勝手にどうぞ。認めてないけどね」
呼ばれても返事はしないし、誰かに会っても名乗るときは周防聖歌。挫けずに心がけよう。
「最終目標は無事にここから抜け出すことだな」
「だから早く」
話だけを進めて行動に移さないキティにイライラする。口だけならなんとでも言えるさ。
「計画的に動く為にも、話し合いが大切。あんた、俺がいきなり指示して動けるの?」
「指示を出されるような、大がかりなことをするのか?そこのドアを開けて出ればそれまでだろう?」
「それまでじゃない。それからだ。それからが始まりだと思え」
ドアを開けても岩屋から出れないのか。たくさん動くと空きっ腹に響くなあ。
「第1目標は、因幡さんを追いかけること」
因幡、思いっきり日本名だ。どんな人なのだろう。良識を持った人だといいな。キティみたいなのは嫌だ。
「因幡って誰?」
「因幡、さん」
さん付けを強要された。偉い人なんだな。そんな人を追いかけ回して怒られないのか?
「因幡、さん、は誰?どこにいるの?」
「誰だと思う、どこにいると思う?」
逆に聞き返されてしまった。冗談を交えてキティを指差す。
「お前だ!!」
「正解だ」
「え、本当に?」
「んなわけないだろ」
必要のない嘘だ。あたしは必要のある鉄拳制裁をしたいんだが、いいかな?
「冗談を冗談で返して何が悪い」
不満が態度にだだ盛れしているあたしに、キティが言った。冗談、というより馬鹿にされたような。だが、彼が悪意なく言ったら、これ以上突っ込んで話がこじらせるのは良くない。
「悪くないよ」
刺激しないよう、柔らかく返した。
「因幡さん、名前だけじゃ想像出来ない。あたしが会ったことがない人だし」
「会ってる」
ぱっと、キティを見る。
「既に会ってる。あんたが名前を知らなかっただけだ」
「いつ会ってる?」
鎌倉市内で、と、言われたら検討がつかない。他人は、腐るほどいるのだから。
「ウサギだよ、白いやつな」
あのウサギが因幡さん。
あのウサギが因幡さん?
「続けて冗談を言われても」
「冗談で済むなら、追えとは言わない」
「あいつ、着ぐるみ?」
「因幡さんはウサギ。ウサギはウサギ」
本物なのか。にしては人並みにデカいし、2足歩行だし、服は着てるし、中に人が入っているもんだと思っていた。
なんにせよ、因幡さんに貸しがある。弁当が盗難されたままだ。諦めていたが、返してもらえる可能性がある。弁当を奪い、その流れで鎌倉に帰れる。
「追うだけじゃない。捕まえてやる」
因幡さんにただならぬ執念と復讐心に燃えてきた。飯の恨みは怖いのよ。お腹空いた。
「アリスがウサギを追うのは決まっていることだからな。やる気があるなら、なお良い」
アリスだからウサギを追う、その定義はおかしい。自分が追いたいから追う、それだけだ。
「キティさんも来るの?」
「まあね。腹減ってないか?」
「減ってる。因幡さんに弁当盗られたままだから」
「それは災難だったな」
軽い口調、災難だと思われてないな。あの弁当の中にはカニクリームが入っていたんだ。食べたかったなあ。
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