第二章

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  「分かったよ、キティね。それで鍵は?」 「はいはい」  忘れていたことを思い出したかのように、キティは気だるく答える。あたしとしては、長居はしたくないから忘れるなんて無神経さを疑う。 「はい、は一回。時間の無駄」 「はいはいはいはい、はいはいはい」  こいつ、もう一回閉め出されたいんだな。鍵だけ渡してくれれば、いつでもサヨナラするのに。 「はい、で、鍵」 「ない。だが、きちんと通れるから心配するな」 「突き破るんじゃないだろうな?」  キティはあたしを無視して近くに置いてあったクラッカーを持つ。そしてパアンと引いた。心の準備をしていなかったので、びっくり。 「いきなりクラッカーは心臓に悪い」 「ようこそ!776人目のアリス」  あたしの言うことなんぞ聞く耳持たずで、キティがテンション高めに言った。すぐに一息ついて、あたしを見てため息をついた。 「そういうことだから。アリスでよろしく」 「不満があるのだが」 「そうだよな、惜しいよな。後1人分遅かったらゾロ目だったのにな」 「違う、馬鹿!」 「馬鹿とはなんだ」  勝手にアリスと名付けられたのはほんの一瞬だけで、もう終わった話だったはずだ。あたしは聖歌だ、始めに名乗った。それをアリスで盛り上げられ、定着されても困る。   「帰るためにはアリスでいないといけない。先に進めないじゃないか」 「おかしな理屈だ。アリスである必要性は?」 「そう答えたのは、あんたで31.259人目だ」 「迎えたアリスの人数より増えてるじゃねえか」 「人数なんていちいち覚えてられねえよ」  適当に数字並べたな。指摘しても表情を崩さないキティは、威張りくさって言う。 「嫌なら帰れない、それだけだ」  ここで見放されてしまっては困る。早く帰らないといけない。 「ああ、そう。アリスでもエビスでも勝手にどうぞ。認めてないけどね」  呼ばれても返事はしないし、誰かに会っても名乗るときは周防聖歌。挫けずに心がけよう。 「最終目標は無事にここから抜け出すことだな」 「だから早く」  話だけを進めて行動に移さないキティにイライラする。口だけならなんとでも言えるさ。 「計画的に動く為にも、話し合いが大切。あんた、俺がいきなり指示して動けるの?」 「指示を出されるような、大がかりなことをするのか?そこのドアを開けて出ればそれまでだろう?」 「それまでじゃない。それからだ。それからが始まりだと思え」  ドアを開けても岩屋から出れないのか。たくさん動くと空きっ腹に響くなあ。   「第1目標は、因幡さんを追いかけること」  因幡、思いっきり日本名だ。どんな人なのだろう。良識を持った人だといいな。キティみたいなのは嫌だ。 「因幡って誰?」 「因幡、さん」  さん付けを強要された。偉い人なんだな。そんな人を追いかけ回して怒られないのか? 「因幡、さん、は誰?どこにいるの?」 「誰だと思う、どこにいると思う?」  逆に聞き返されてしまった。冗談を交えてキティを指差す。 「お前だ!!」 「正解だ」 「え、本当に?」 「んなわけないだろ」  必要のない嘘だ。あたしは必要のある鉄拳制裁をしたいんだが、いいかな? 「冗談を冗談で返して何が悪い」  不満が態度にだだ盛れしているあたしに、キティが言った。冗談、というより馬鹿にされたような。だが、彼が悪意なく言ったら、これ以上突っ込んで話がこじらせるのは良くない。 「悪くないよ」  刺激しないよう、柔らかく返した。 「因幡さん、名前だけじゃ想像出来ない。あたしが会ったことがない人だし」 「会ってる」  ぱっと、キティを見る。 「既に会ってる。あんたが名前を知らなかっただけだ」 「いつ会ってる?」  鎌倉市内で、と、言われたら検討がつかない。他人は、腐るほどいるのだから。 「ウサギだよ、白いやつな」  あのウサギが因幡さん。  あのウサギが因幡さん? 「続けて冗談を言われても」 「冗談で済むなら、追えとは言わない」 「あいつ、着ぐるみ?」 「因幡さんはウサギ。ウサギはウサギ」  本物なのか。にしては人並みにデカいし、2足歩行だし、服は着てるし、中に人が入っているもんだと思っていた。  なんにせよ、因幡さんに貸しがある。弁当が盗難されたままだ。諦めていたが、返してもらえる可能性がある。弁当を奪い、その流れで鎌倉に帰れる。 「追うだけじゃない。捕まえてやる」  因幡さんにただならぬ執念と復讐心に燃えてきた。飯の恨みは怖いのよ。お腹空いた。 「アリスがウサギを追うのは決まっていることだからな。やる気があるなら、なお良い」  アリスだからウサギを追う、その定義はおかしい。自分が追いたいから追う、それだけだ。 「キティさんも来るの?」 「まあね。腹減ってないか?」 「減ってる。因幡さんに弁当盗られたままだから」 「それは災難だったな」  軽い口調、災難だと思われてないな。あの弁当の中にはカニクリームが入っていたんだ。食べたかったなあ。
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