508人が本棚に入れています
本棚に追加
キティはお腹が空いていることを確認すると、テーブルの上の禁断のビスケットウォーマーに手をかけた。
「落ち着け」
あたしは蓋を開けさせまいと、キティの手の上から自分の手を被せる。うごうごな物体を、見たくない。
「腹、減ったんだろ?」
「おのれはあたしに何を食べさせようとしているんだ?」
自分で考えたくない答えをキティに委ねる。頼むぞ、キティさん!
「クッキー」
キティは空いている手で蓋を指差す。その答えは、止めていただきたかった。
「クッキーだぁ?あれは毒素だ、毒素!」
ビスケットウォーマーにクッキーと言う名の芋虫が入っている時点で謎。
「クッキーは食い物だ」
「知ってる」
「なら、食べれるだろ?」
「強要しなくてもいいじゃん。クッキーを食べなかったくらいで倒れない」
「さあ、食え」
聞いちゃいねえー。キティにやんわりと、さりげなく手を退けられて、中の芋虫を出されてしまった。
「食べないと出られないぞ」
「は?」
「例えばこの中に鍵が入っていたらどうする?食べないと取れない」
んな、フォーチュンクッキーじゃあるまいし。
「食べないで割ればいいじゃん」
「いいから」
全くもって良くない。嫌がる素振りを見せているのに、妥協策を考えてくれない。未開社会が行ったイニシエーションの儀式に近い。
子供が大人になるために歯を抜く。あたしが帰るために変なものを食べる。出来なければ、それまで。
そこで、あたしが素直になって両手で受け皿を作った。手の平に固形物、触り心地は意外と固い。
「美味しいの?」
明らか下手物。だが、下手物でも美味いものはある。様は、見た目より味。食べてしまえば、なんてことない。そう思わないと、とても食べられない。
「忘れた」
「そう。だったら想い出させてやるよ!!」
キティが喋っている最中に開いた口に、ブツを突っ込む。
食べる気は、多少はあった。しかし、まずは言い出しっぺがお手本を見せるべきだ。鼻と口を押さえてるから、彼は飲み込むしかない。
何度でも確認したいのだが、彼とはさっき出会ったばかりの初対面だ。あたしには一般教養も常識もあったはずだが、脆く崩れて横暴になった。初対面ながらに人を小馬鹿にし続ける、目の前の男のせいだ。
だから、これは、彼がしてきた身勝手な行動が彼の身に返ってきた、ということにしておきたい。あたしは悪くない。
どうしようもなくなって、キティが飲み込んだのを確認すると、あたしは手を離した。
「窒息するところだった!」
息を止めていたから呼吸が足りないはずなのに、キティはわざわざ大声を出して、息苦しそうにしている。
「美味しかった?」
「美味しかったけど、あんたなぁ」
心底飽きらた顔をされた。見下して、飽きれて、文句を文句で返してくる。性格悪いな、こいつ。
で、美味かったんかい。
そこは普通に返事するのか。
「美味しいなら食べてみよう、かな」
キティに背を向けてテーブルの銀の蓋達をまじまじと見つめる。お腹は空いている。味に問題はない。興味はある。どんな味がするのだろう。
得体の知れないモノの名目はクッキー。あたし、クッキーなら市販も手作りも好きだ。小麦粉をそのまま固めたような味でなければ、イケると思う。
「ねえ、それってどんな味がした?」
振り替える。けど、さっきまでいたキティがいない。音もなく、置いてきぼりにされたというのか。
「キティくーん?」
あたしの声以外、聞こえない。キティはわずか数秒間で何処に消えたのだろう。自分の都合を置き去りにして他人がいなくなるのは、とても不便で、不安になる。
もしかして、クッキーには食べた者を消す効果があったのか。あるいは、瞬間移動。それをあたしにさせたかったか。そうなると、ドアを通る必要がなくなってしまうか。
得体の知れない場所での下手な飲食は控えよう。クッキーには口をつけず、キティを探すことにする。
奥にあるドアを見る。ドアはかなり大きく、開けたら音がするはずだ。ドアじゃなくても、隠し通路があるかもしれないリターンズ。
最初のコメントを投稿しよう!