第二章

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 キティはお腹が空いていることを確認すると、テーブルの上の禁断のビスケットウォーマーに手をかけた。 「落ち着け」  あたしは蓋を開けさせまいと、キティの手の上から自分の手を被せる。うごうごな物体を、見たくない。 「腹、減ったんだろ?」 「おのれはあたしに何を食べさせようとしているんだ?」  自分で考えたくない答えをキティに委ねる。頼むぞ、キティさん! 「クッキー」  キティは空いている手で蓋を指差す。その答えは、止めていただきたかった。 「クッキーだぁ?あれは毒素だ、毒素!」  ビスケットウォーマーにクッキーと言う名の芋虫が入っている時点で謎。 「クッキーは食い物だ」 「知ってる」 「なら、食べれるだろ?」 「強要しなくてもいいじゃん。クッキーを食べなかったくらいで倒れない」 「さあ、食え」  聞いちゃいねえー。キティにやんわりと、さりげなく手を退けられて、中の芋虫を出されてしまった。 「食べないと出られないぞ」 「は?」 「例えばこの中に鍵が入っていたらどうする?食べないと取れない」  んな、フォーチュンクッキーじゃあるまいし。 「食べないで割ればいいじゃん」   「いいから」  全くもって良くない。嫌がる素振りを見せているのに、妥協策を考えてくれない。未開社会が行ったイニシエーションの儀式に近い。  子供が大人になるために歯を抜く。あたしが帰るために変なものを食べる。出来なければ、それまで。  そこで、あたしが素直になって両手で受け皿を作った。手の平に固形物、触り心地は意外と固い。 「美味しいの?」  明らか下手物。だが、下手物でも美味いものはある。様は、見た目より味。食べてしまえば、なんてことない。そう思わないと、とても食べられない。 「忘れた」 「そう。だったら想い出させてやるよ!!」  キティが喋っている最中に開いた口に、ブツを突っ込む。  食べる気は、多少はあった。しかし、まずは言い出しっぺがお手本を見せるべきだ。鼻と口を押さえてるから、彼は飲み込むしかない。  何度でも確認したいのだが、彼とはさっき出会ったばかりの初対面だ。あたしには一般教養も常識もあったはずだが、脆く崩れて横暴になった。初対面ながらに人を小馬鹿にし続ける、目の前の男のせいだ。  だから、これは、彼がしてきた身勝手な行動が彼の身に返ってきた、ということにしておきたい。あたしは悪くない。  どうしようもなくなって、キティが飲み込んだのを確認すると、あたしは手を離した。 「窒息するところだった!」  息を止めていたから呼吸が足りないはずなのに、キティはわざわざ大声を出して、息苦しそうにしている。 「美味しかった?」 「美味しかったけど、あんたなぁ」  心底飽きらた顔をされた。見下して、飽きれて、文句を文句で返してくる。性格悪いな、こいつ。  で、美味かったんかい。  そこは普通に返事するのか。 「美味しいなら食べてみよう、かな」  キティに背を向けてテーブルの銀の蓋達をまじまじと見つめる。お腹は空いている。味に問題はない。興味はある。どんな味がするのだろう。  得体の知れないモノの名目はクッキー。あたし、クッキーなら市販も手作りも好きだ。小麦粉をそのまま固めたような味でなければ、イケると思う。 「ねえ、それってどんな味がした?」  振り替える。けど、さっきまでいたキティがいない。音もなく、置いてきぼりにされたというのか。 「キティくーん?」  あたしの声以外、聞こえない。キティはわずか数秒間で何処に消えたのだろう。自分の都合を置き去りにして他人がいなくなるのは、とても不便で、不安になる。  もしかして、クッキーには食べた者を消す効果があったのか。あるいは、瞬間移動。それをあたしにさせたかったか。そうなると、ドアを通る必要がなくなってしまうか。  得体の知れない場所での下手な飲食は控えよう。クッキーには口をつけず、キティを探すことにする。  奥にあるドアを見る。ドアはかなり大きく、開けたら音がするはずだ。ドアじゃなくても、隠し通路があるかもしれないリターンズ。
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